「きらいだ」



そう言えば彼は困ったように眉を寄せた。嫌い、大嫌い。呟く様に何度も言うその言葉はきっとじゃなくて私自身に向けた言葉なのだろう。言い聞かす様に何回目かわからない言葉を口にした。

「…蛍、」
「ランサーなんか、きらい」

そう言ってしまえばぼろぼろと零れる雫。歪む視界にも青色だけは鮮明に映ったのが悔しかった。
こんなことを言っても無駄なことは解っていた。頭の中では。だから、だから、どうか。と心の中で叫んでいる自分を嘲笑う。なんて、滑稽。


逞しい腕に抱かれ私が欲していたその温もりに涙がまた溢れ出た。

「私は、ランサーなんて、嫌い」
「そうかい。俺はアンタの事好きだけどな」
「そういうとこ、きらい」

好きだ、と。
言ってしまうのは容易なことだ。けれども、それを言ってしまえば認めてしまうことになる。私がランサーのことを好きだという事。


彼は英雄だ。

彼は幽霊だ。

彼は故人だ。


何時かは、消えてしまうのではないのか。
それが何よりも怖かった。臆病者な私は自分が好意を抱いている人間が自分の目の前、或いは意識のある内に無くなってしまうのが怖かったのだ。私は彼のように見限れない。

それを解っていて尚残酷な言葉を囁くのだろうか。

顎を掴まれ上を向かされ唇を喰わんとする勢いでキスをされた。
角度を変えて何度も貪るように。呼吸が上手く出来なく苦しくなって彼の胸板を叩くが意味はなく、細やかな体力を消耗してしまったと軽く後悔する。
酸素が行き渡らない脳がぼんやりとしてきたところで彼の指が頬を撫でている感覚が伝わった。


「泣くなよ」


やっと離された唇から紡がれた言葉。
酸素を求め大きく息を吸ったと同時に噛みつくような口付け。指先は相変わらず頬を撫でている。

その行為に足りない足りないと脳が喚く。本能が叫ぶ。

支えを欲して彼の首に腕を回し、解っていたと言わんばかりに彼は唇を一度離し私の顔を見た。自ら彼の唇を奪い今まで一度だってしていない口付けをする。彼を堪能するなどという考えは一切なく、まるで誘導するかの様に軽く開いていた唇にただ舌を差し出した。自ら彼を欲したのだ。大嫌い、な彼を。


そこから先は全部ランサーが請け負ってくれる。舌を絡めとられ先程の口付けは打って代わり唾液の音が厭らしく鳴り響く。理性など先程焦らされた時点で何処かに飛んでしまった様だ。
そのまま床に押し倒されて手を絡ませれて、勝ち誇った顔をした彼が私を見下ろして笑っていた。


「嫌い、か?」


ギラギラと光る紅色の瞳が私を映し出す。頬を紅潮させ熱を持ってしまった瞳、口から垂れている唾液、うっすらと浮かび上がっている汗。それらが酷く煽情的で吐き気を催した。

「…はっ……き、っらい…」
「まあ好きに言ってろ。どうせ直ぐに素直になんだからよ」

口角をあげ愉しそうに笑う姿。
嗚呼もう、駄目だ。また彼の思うツボか。本当に私は駄目な子だなあ、恋人でもない人間と幾度なく身体を重ねるなんて。
もうどうにでもなれと降ってくる快楽に身を委ねた。




「死んでしまえ」





二人で一緒に蕩けて消えてしまえば良い。



そうして繰り返すは

 過ちでした。
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