どろりとしたものが溜まっているような気がしていた。それの正体がなんなのかは一切わからないし、気の所為かもしれない。寝過ぎた時に起きる気持ち悪さにも似てるし。だから気の所為なんだと思い込む事にした。
町を適当にふらふらほっつき歩いてたら見馴れた金髪を見付けた。しかしその姿は久しぶりに見たような気がする。
「ギル!」
名を呼べば此方に気付き歩み寄ってきた。うーん、でかい。久々に大人ギルに会ったからなあ。
ギルことギルガメッシュは近くに寄ってくるなり小さく笑みをこぼした。
「どうした海南よ。まあ粗方暇をもて余しているのだろう?」
「仰有る通りでございます」
「うむ、ならば我に付き添うが良い」
自棄に上機嫌なギルはそう言うなりスタコラとあたしを置いて先に行く。まあ暇だから着いて行くんだけど。
坂道を登り教会へと入って行く。半年前の聖杯戦争の爪跡が生々しく残っており、半壊状態。
……などいうことはなく。
いつも通り、半年前と何一つ変わらない教会がそこにはあった。中に入り奥に行こうとすると奥からやってくる黒い男。それを見てにこりと微笑んだ。
「こんにちは綺礼」
「君か、海南」
「何か問題でも?」
いや、と無表情な筈の口元が弧を描く。なんだか今日のコイツらあたしを見て含み笑いするなあ。
「ああそうだ、教会から派遣された修道女がそちらに行ってないかね?」
「いるいるー、カレンでしょ」
「やはりな。全く、仕事はキチンとしていただきたいものだ」
はあと溜め息をつく綺礼に細やかなエールを贈り、話したいことが沢山あったのでそのまま会話を続行しようとした。するとギルから早く来いとのお叱りを受けてしまったので後で話しをしたいという事を綺礼伝え早足でギルの後を追う。
沢山ある部屋の一室に入るとギルはソファーの上に座っていた。目の前のテーブルにはワイン、とグラス。おいおいマジかよ。
「…まだ昼間だよ?」
「関係あるまい。早く酌をせぬか」
渋々ギルの隣に座りワインを手に持ちコルク栓を抜いた。最初は出来なかったものの、今は中々容易にできるようになったと自負している。赤いそれをギルが持っている透明なガラスに注ぐ。透明が朱へと染まっていった。
「…飲まぬのか」
「赤じゃなくて白派。未成年お酒禁止」
「戯け。ワインが飲めぬだけだろう」
仰有る通りで。カクテルやサワーの飲み易いものは好んで飲むがどうにも「酒!」という酒は飲めない。まだまだあたしはお子様ということだ。
しかしギルは「良いから飲め」とあたしの手に持っていた瓶を奪い取りテーブルにあったグラスに注いでいく。あーあ、好きじゃないのに。
しかし態々王様が注いで下さったのだ。ここで飲まなかったら後が怖い。渋々それを手に持ちギルのグラスに自分のグラスを合わせキン、と綺麗な音を鳴らした。うーん良い音。
早速ギルはワインに口つけ一気に煽る。それを見てあたしもほんの少し口に含み、口内でワインの味を堪能してから喉に流し込む。ほう、とお酒特有の後味と熱さが残った。
「さて」
早速一杯飲み干したギルのグラスにまたワインを注ぐとギルは満足気に頷きワインをぐるぐる混ぜて遊ぶ。ゆるゆると動く液体を見て微笑んでいるのか、また別な何かを思い浮かんで微笑んでいるのか。
「あの狗を手放したようだな」
真っ白。
「狗の匂いが薄れておるぞ」
いきなりそんな事を言われましても。ああだから、か。自棄に嬉しそうだったのは。
「……しょうがないじゃん。あたしだって渡す気なかったよ」
「ほう?仕方がないとな」
せせら笑うようにギルはあたしを見下す。いつものギルは好きだがこういう時のギルはどうにも苦手だ。見透かされているような気になるから。いや、実際見透かしているんだろう、あたしのことなんか。
「と、いうことはあの狗の意志か?」
「……んー…、と。ランサーが令呪なんてどうでも良いって言ったから」
ギルはそれを聞くと虚を付かれたようにキョトンとし、それから盛大に笑いだした。
「くはははっは!やはり貴様は面白い!」
「…どうも」
「く……っふ、それで悔いておる訳か。どうしようもない愚か者だな」
「…別に、ランサーがどうでも良いって言うんだから良いんじゃない?バゼットだって返してほしいって言ってたし」
持っていたグラスをテーブルの上にコトリと置いてギルはあたしのグラスも奪った。その中身を一気に飲み干しそれもテーブルの上に置く。それから、あたしをソファーに倒した。背中がもふ、と羽毛に埋まる。いや羽毛かわかんないけど。
無遠慮にあたしの胸元の服をぐっと引っ張る。割と思いっきり引っ張られたので首の後ろが痛い。
心臓の上を指先で撫でる感覚にゾクゾクした。不意打ちだったので声が出そうになったがぐっと耐え、唇を噛む。だって心臓の上っておっぱい付近だよギルさんセクハラだよ。
「早いな」
そりゃ心音だって早くなるっての。
するすると心臓の上を滑る指先。いい加減くすぐったい。そんなことをしても無くなったものは浮かび上がらないぞー。
「我を見よ、海南」
見たくもないが見ろと言われたので渋々見る。紅い目があたしを捕らえていた。赤と違う、紅が、
「正直に答えろ。一体何を考えている」
顎を持たれ視線を固定される。
あまりにも整いすぎている顔に息がつまった。そりゃある意味神様でもあるギルの顔はなんとも言えぬ神秘性が漂っている訳だが、ってそれならランサーも神様でもあるよね?んん?奴の顔なら直視出来るのに不思議な話だ。
「…聞いておるのか?」
「あ、うん。ランサーのこと」
さらりと答えると分かっていたと言わんばかりに手を離され、それでも視線は外さずに小さな子供を説得させるかのような優しい口調でギルは言葉を綴った。
「貴様は何故認めぬ」
「なにを」
「他人の幸福を望むばかりで己を不幸にする。己の愉悦がなんたるかを知っていて尚それを求めず、嗤う。とんだ道化よ」
故に、と。
極上の笑みで悪魔は囁いた。
「貴様が悦に溺れる様は実に滑稽であったぞ」
「――あたしの…あたしのランサーに触んな」
崩れたい言葉