目の前で、目の前で。
あたしの目の前で、抉られて、裂けた。
赤が、青と混じっても紫にならない。
なのに、なにもできない。
どこか遠いところへいって、かえってきて、
「あー、割あわねぇ」
真っ赤な槍を真っ赤に染めて。歩けないでしょう、心臓ないでしょう、なのに、なんで。
「お見事。で、オレとやる気力は残ってるかランサー?」
あたしの中で声がする。向こうから聞こえてくる声と混ざり合って、キモチワルイ。
「残ってる……と言いたいが、ほら、なんだ。こっちの問題で無理そうだな」
どうしてそんなに、はっきりしゃべるの。寿命がまた縮まったでしょう。
パチクリ、あたしと目が合って、ビックリしたような顔をした。
「なんつー顔してんだ」
こっちの台詞だ。
そう言いたいのに、笑わなきゃいけないのに。お疲れ様、って言わなきゃいけないのに。
カラリと右手で持っていた赤い槍が地面へと落ちて音を立てた。右腕は動かないんだろう、それでも鉄臭い左手で、あたしの頬を撫でる。
「ほんと、オマエって奴は」
困った顔をしている。どうしてだろう。
全部の体重をかけられるように抱きしめられて、赤があたしにも染みてきた。それでも、むしろそれが良いと思ってしまう。
匂いが、色が。ぜんぶ一緒になれば良いのに。
最期の魔力供給は、鉄の味がした。
【one day】
「―――…!!」
目を開けると何時もの天井。どくりどくりと脈打つ心臓。
汗ばむ体を無視して寝巻きのまま駆け出した。
はぁ、と息を吐いて襖を開ける。そこには、
「ぐがーっ」
鼾をかいて寝ている青髪が一人。なんともまあ、間抜け面である。
溢れ出す安堵感。それと同時に、苛立ち。腹が立ったので思いっきりダイブして顔を布団で押さえ付ける。
「おら朝だぞ起きろー!」
「なんっ!?ぶほっ、むぐっ…!?」
「おーきーろー」
「〜〜っ起きたっつてんだろうがぁ!!」
ばさりと布団ごとひっくり返された。流石はマッチョ。筋力はんぱねぇ。
「起きた?」
「ああ…」
朝っぱらからうるせえとかなんやらうだうだ言っているランサーは欠伸を一つしてからあたしの顔をじっと見つめてきた。
なんだなんだ、何か顔についてるのか?
なんでもないようなふりをしつつ目元を擦る。
「あー、海南」
なに、と言おうとした瞬間に目元を擦っていた手をよける。開ける筈だった視界にはランサーの顔がドアップで映っていた。思わず吃驚して、掌でランサーの顔を押し付ける。
「…なに」
「キス」
「……」
「しようぜ」
さらに掌に力を籠めて押し返す。
「ふざけんな、意味のない行為なんかしないって何回言えば…」
「魔力、足りねえ」
「嘘言え」
「"昨日"の後遺症かわかんねえけど、割とマジ」
思わず言葉を詰まらせてしまった。
四日目の後遺症が一日目に?そんな馬鹿な。でもあれだけの傷を負って―――、
そんな事を考えてたら掌に力を籠める事を忘れてたようで、呆気なく手首を掴まれ唇を塞がれていた。
終わりの朝