どうしてここにいるんだろう。


素朴な疑問だった。
どうして自分は今こうして此処にいるのか、全くといって良いほど分からなかった。けれどそれを口にすることは異常なのだと脳が訴えかけてくる。だから口にせずずっと考えてた。答えなど、ある訳がないのに。


産まれた時の記憶がある。
顔は良く覚えてないのだが、とにかく辛そうな顔で笑っていた。印象的だったのは口元にあった黒子。

ああこの人がおかあさんなんだなあ。

そんなことを思って、自分の泣き声をBGMに意識が途絶えた。


そして次、わたしが覚えているのは子供達と一緒に遊んでいるとき。唐突に、ふっ、と思い出したように思った。

なんでここにいるんだろう。

不思議で不思議で堪らなかった。わたしと同じくらいのひととかわたしより少し上の人とかと一緒に遊んでた。
そこは俗にいう孤児院と呼ばれる、教会が営んでいる宛のない子供達の溜まり場であった。

はて、わたしは何故孤児院にいるのだろうか?

捨てられたか死んだか、まあどっちでも良い。とにかくわたしには両親がいないということが判明した。

そんなとき、わたしは全てを 知ってしまった。
苦しくて苦しくて苦しくて、苦しくて苦しくて、だけどどうしようもなくて。誰かに聞いてもらいたくて、だけど言えなくて。辛かった。全てを壊してやりたいと思った。戒めを破ってやりたかった。

たまたま、たまたまだった。

わたしはお祈りの時間じゃないのに礼拝堂に居た。長い椅子に腰かけて十字架を見つめる。神様なんて、主なんていない。そんなもの都合の良い言い訳だ。

そう、人間は狡い。
わたしもまた、ニンゲンだ。

「わたしの、わたしの懺悔を聞いていただけますか」

隣に座っている神父様にそう尋ねると言ってごらん、となんの表情もない声で言われた。この人つい最近やってきた派遣された神父様だった。表向きでは。本当の理由はもっと別なのだろうとわたしは気付いていたけど、わたしには関係ない。
ここの教会にいる神父様はみんな大好きだ、大好きだからこそ言えなかった。だからわたしは大嫌いなこの神父様に懺悔することにしたのだ。

「壊したいんです」

全部を。わたしは神の戒めにより受け継がれた魂です。罪に生き悪徳に溺れ、そして己に心酔し、創らなくて良いものを創り上げました。そんな御伽話のような神話のような出鱈目な魂がわたしなのです。だから、だから壊したいのです。この世界も、全て壊してしまえばこの束縛から逃れられるのではないでしょうか。

今まで溜めていたものを吐き出すように話すと神父様は心底驚いた顔をし、理解出来ないという表情をした。
わたしはただ小さく震える身体を悟られぬように唇を強く噛み締めることに専念したのです。

「…君は、なにを」
「懺悔です。過去のわたしの」
「……」

神父様は考える素振りをしてから目を細めた。ロクな表情を持たないこの神父様がそのようなカオをしたのに思わず顔を顰め、手を握り締める。

「貴方は、無いのですか。神父様」
「――私は、」

懺悔することなどない。

そう言い切ったのにも関わらず神父様の表情は煮え切らないものだった。この方は懺悔の意味合いを知らないのではないのでしょうか。


「人の不幸を嘲笑うような貴方様が、懺悔することなどないと仰せられますか」


神父様の何も無い瞳がわたしを映し出す。


「己が悦がそのようなものなんだと、認め悔い改めないのですか?」
「……違う」
「何がですか。貴方様が表情を出すときなんて、決まっているでしょう」
「、私は…っ…」

懇願するかのように、ひたすら否定の言葉を紡ぎ続ける神父様。わたしはそんな姿を見てそっと抱擁しました。この方の苦悩するその姿がわたしはだいすきなのです。とても人間らしくて、安堵の息すらの漏れます。

わたしの身体は想像していたものよりずっと小さく、神父様の頭を抱えることが精一杯でした。

その行動の意味を理解出来ないのか、呟く事を止め大人しくなった神父様の頭を撫でる。


「わたしが赦してあげます、言峰綺礼。大丈夫です、今でなくともいつか必ず、貴方様は理解を得ることができますよ」


今はまだそうして悩んでいたほうが、貴方様の為になるのではないのだろうか。震える身体を治めるように、悩めるヒトノコをわたしは慰め続けたのでした。


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