「立てるか、エムレン」
「――!」

エムレンは今自分がどのような状況なのか理解し、慌てて地面に足を付いた。

「も、申し訳ありませんディルムッド様!」

素早く二歩下がり眉を下げるエムレン。このような醜態を曝してしまった自分に渇をいれ、少しだけ瞳を伏せる。しかしディルムッドは気にした様子などなく、首を横に振った。

「気にするな。またお前と剣を交えれる事を、誇りに思う」

女性を虜にしてしまう、その笑顔をエムレンに向けたが、彼女は寧ろ辛そうに苦く笑って見せるだけだった。


第五のサーヴァント、バーサーカー。
その姿は憎悪の塊であり、どこか哀愁を漂わせていた。

「誰の許しを得て我を見ておる?狂犬めが……」

その視線の先にあったのは黄金の男、アーチャー。エムレンの時はまだ、彼女が気高き騎士であるとその瞳が教えてくれた。だがこのバーサーカーはどうであろう。下賤なるものの眼差し。醜く、穢らわしいその視線を浴びせられたアーチャーは、それに憤怒した。
後ろの黄金の空間がバーサーカーに向かう。そしてまたしても、空間を引き裂き剣と槍の二廷の武器が姿を表した。

「せめて散りざまで我を興じさせよ。雑種」

冷たく言い放ったその台詞と同時に解き放たれる武器。爆発音。火花が飛び散り煙と塵が舞う。その中にゆらりと動く人型の存在。あの憎悪の塊は健在であった。不気味に動くソレは、またしてもアーチャーの視界へと写りこんだのだ。

「……奴め、本当にバーサーカーか?狂化して理性を無くしてるにしては、えらく芸達者な奴よのぅ」

被害が及ばないようにエムレンは先程の第一号令の時に多少離れたコンテナの上に膝を付き様子を伺う。どうやってこの状況を打破するか、回らぬ頭で考え、体の違和感、不具合に今更気付いたのだった。

「――その汚らわしい手で、我が宝物に触れるとは……そこまで死に急ぐか、狗ッ!」

またしても現れるのは先程の数には比べ物にならない程の武器達。やはりその一つ一つの力はとんでもなく強烈で、そして美しい。怒りを顕にしたアーチャーを見据えるは無言の憎悪。その場にいた者皆が息を呑んだ。


「その小癪な手癖の悪さでもって、とこまで凌ぎきれるか―――さぁ、見せてみよ!」



****



その武器の嵐を全て凌ぎきったバーサーカー。アーチャーは街灯のポールを三等分に切り刻まれ、止む得なく地表に立った。
肩を震わせるその姿は最早全身から溢れんばかりの怒りを漂わせ、凄まじい凶相で相手を睨みつける。

「痴れ者が……。天に仰ぎ見るべきこの我を、同じ大地に立たせるかッ」

怒りが臨界を突破したらしい、アーチャーの背後から今度は先程の倍の数であろう武器を出現させた。有り得ない、と誰もが思ったに違いない。一体このサーヴァントはいくつの武器を貯蔵しているというのか。

「その不敬は万死に値する。そこな雑種よ、もはや肉片一つも残さぬぞ!」

怒りに身を任せ、総ての武器をバーサーカーに向かわせようとした時、



「―――煩わしいっ!!」



思わずその声に皆が息を呑んだ。
何が起きたのか、理解し兼ねる。なんだ、今の声は。

「鬱陶しい、幼稚、莫迦、傲慢、―――本当に何一つとして変わらないのね」

凛と美しき女性、マーニャは大げさに溜息をつき長く美しい髪を後ろへ流した。たったそれだけの仕草でさえ目が離せなくなる。軽蔑した目でアーチャーを見、罵倒の言葉を綴った。

「ねえ、分からないの」
「―――マーニャ、」
「迷惑」

グサリと冷たく言い放つ彼女もかなりご立腹なようで。
その瞬間、アーチャーはピクリと反応し、空中を睨みつけた。本当は、その遥か先にあるものを見据えていたのだが、そんな事、誰が気付くというのだろうか。

「貴様ごときの諫言で、王たる我の怒りを静めろと?大きく出たな、時臣……」

そういうと同時に鎮まる目映い光。その所為か、辺りが一段と暗くなった。

「……命拾いをしたな、狂犬」

そうバーサーカーに言い放つと金属の触れ合う音を奏でさせ、ライダーの戦車の元へと歩み寄る。幾度無く、己の身と後ろにいる者を守る為に展開していた結界を解き、マーニャはアーチャーを見据えた。
ウェイバーは相変わらず情けない声をあげ、クレイとライダーは面白げにその様子を見ていた。その黄金の鎧が右手の部分だけ解かれ、白い素肌が顕になる。その美しい指先がマーニャの頬に優しく触れた。

「あら、覚えていたの」

造りものの笑みを浮かべながらアーチャーの指先を冷たくあしらう。さして気にした様子などなく、アーチャーは愛しげにその紅い目を細めた。

「当然の事よ」
「何時までも此方に見向きもしないものですから、てっきり」

その言い方は間違えなく皮肉の念が篭っていたが、捕らえ方によっては、構って貰えなくて拗ねている子供のようにも感じられた。鼻で笑い飛ばすと、アーチャーがマーニャを横抱きにし持ち上げる。

「貰って行くぞ、娘」
「ええどうぞどうぞ」
「――随分ね、呼び出しておいて」
「いえいえ、お幸せに」

クレイはへらへらと笑いながら適当に手を振り、粒子となる二人を見送ったのだった。

一瞬訪れる静寂のあと、最も脅威となっているバーサーカーはただ呆然と立ち尽くしていた。

「……er……」

小さく、呪うかのような呻き声は、黒いあの兜の奥から発せられた。初めて聞いた声にならないバーサーカーの声。無論、意味を理解出来たものなど居ない。
ギチギチと鎧が軋む音がする。その視線の先にあったものは、ただ、こう思った。

まずい。

「……ar……er……ッ!!」

呪詛にも似たその声を発したと同時に走りだすそれ。先程アーチャーが乗っていた街灯を手に持ち、跳ね上がる。
その先にいた――エムレンは膝をついていた体勢のまま横に転がりその攻撃を避けた。しかし勿論そんなことで攻撃が収まるなどとは思っていない。
何故なら、ソレは、理性を失った狂戦士なのだから。
咄嗟に体を起こそうとしたが間に合わなく、振られた街灯を転がりながら避けるので精一杯のようだった。

「っ、」

苦痛の表情で額には汗を浮かべ、転がるようにコンテナの上から落ちてくる。受身を取ったと同時に振ってくる黒い塊に向けて彼女は必死に剣で受け止める事しかできなかった。
先程アーチャーと対峙していた彼女は一体何処にいってしまったのか?
何もしていない筈の彼女は、確実に衰弱しきっていた。
力任せに何度も振り下ろされる黒い塊に、彼女は遂に力負けをしてしまう。その小さな体が吹き飛び、コンテナに叩きつけられた。追い討ちを掛けるようにコンテナに叩き付けられた彼女に向かってバーサーカーは黒い塊を、


「あっぶな、!」


歪な剣により受け止められてしまった。エムレンは目を見開く。

「危ないじゃん、バーサーカー。アンタの相手あたし達じゃないし」

そしてクレイの口から綴られた呪文により、どういう原理かは謎だがその場が爆破する。魔術の一種である事は確かであろう。それと同時に立ち込める煙から二つの人影が飛び出し、その二つの影はライダーの戦車に着地する。

「―――はぁっ、ぁ、」
「いやあ、ごめんごめん。えーっと、エムレンちゃん?」

苦しそうに呼吸するエムレンを脇腹で抱えながらクレイは戦車の上にエムレンを置いた。彼女の表情はかなり辛そうだ。

「英霊召喚二体で魔力持ってかれたのに、マーニャちゃんが結界なんか展開しちゃうから、エムレンちゃんに魔力いってないよね」

ただでさえパス殆ど繋がってないのに、ともらすクレイをうっすらと目を開けたエムレンは睨み付けた。

彼女の体の不都合、それは魔力供給が不十分過ぎることだった。もう一体の英霊には十分過ぎる程魔力がいき渡っているというのに、彼女には殆ど魔力が行き渡らない。それどころか、彼女にいく筈だった魔力をあろうことかもう一体の英霊が総て奪ってしまった。

要はバランスが悪過ぎたのだ。

それ故に体に力が入らず、あの様。
嗚呼なんと情けない。

「眠って良いよ。霊体化しても良いし、どちらにしろ今日はもう何もできないね」

そんな言葉をぼんやり聞きながら、エムレンは意識の海へと沈んでいったのだった。



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