世界を愛せよと。
全ての人々を寵愛せよと。

美しい世界は変わって行く。其れでも猶、世界は形を変え違う美しいさを保った儘に。又与えられたものは神の気紛れなる悪戯だろうか。世界の理を崩す、その行為。思考が廻る。何時振りでしょう。
「どうして」等問いは致しません。
わたくしは唯仰せられる儘に。与えられる儘に。流れる儘に。感じる儘に。全身に満ちていく温かい、温もり。与えられるのは力の根源。足の爪先から頭の天辺迄其れに満ちていく。聞こえた声の持ち主はわたくしの愛おしいわたくし。音程も、声色も、何もかも違う、わたくしの跡。


「―――問いましょう」
「―――問おう」


其の姿を見た時は、そう謂う生き方も在るのだと感心してしまう程に濁っていて、其れでも必死にもがいて居ました。
その奥の奥に在るのは確かにわたくし達の魂の源。絶対的に破れない、破ってはいけない掟。記憶。其れを破らんと必死にもがき、今を手に入れた其のわたくしの跡の子。


「貴女がワタクシを招き必要とせん者でしょうか」
「貴様が余のような騎士を招いた愚か者だろうか」
其の子は唯、何事も無いかの様に振舞って口を開いた。

「あ、片方失敗した」

大方、わたくしでは無く隣に居るわたくしの跡の子の事であろう。其の姿で特徴的なのは、奇抜な髪型。月の光に照らされれば藍色輝く髪は両サイドが長く、後ろは項が見える程に、短い。その方は唯苛々と顔を顰めておりました。
突き刺さる様な視線に、隣の方は天を仰ぎ見て鬱陶しい視線の主に視線を突き刺します。其れはもう、不機嫌だと云わんばかりの、挑発した視線。

「なんだ、小娘」

その視線を不快に思ったのでしょう。まあ、当然と云えば当然なのでしょうけれども。あの方が自分に対して向けられる嫌悪の視線など、全て怒りの対象にしか為り得ないのだから。

「此方の台詞だ。何だ先程からジロジロと人を品定めするような目で見て、不躾にも程がある」

…とまあ、あの方を存じない此の子はそう怖気付く事等無く云い切って下さいました。
其れはもう、聴いて居る此方が爽快に為る程に。笑いを噛み殺し、次の展開を心待ちに致しました。

「…なん、だと?」

勿論極当然の結果しか其処には無かった様で、結局あの方は何も変わっていないと思うと胸の奥が熱く為りました。理由等は存知上げません。

「貴様、誰に物言いしておるか分かっておるのだろうな…!」

肩を震わせ、金属達が奏でる音と其の声が重なり合う。其れはもう、美しい音が奏でられるのです。

「余は貴様の様な無礼者なんて知らん」

差し詰め、気高き一輪の華、とでもいう所でしょうか。
唯、今の此の方はあの方に対する不快感で覆い尽くされてしまっていて、大切なモノが何一つ見えていない。

自らの体の不都合にすら気付かない程に。あの槍兵から向けられている視線にすら、気付かない。

まるで幼児の様に一つの事にしか目が向かない。其れとも、其れが此の方の性格だとでも云うのでしょうか。

「良かろう…せめて美しく散って見せるが良い!」

嗚呼、そうだ、幼児なのは此の方だけでは無かった。煽りに何一つ耐性が無いと云うのは、あの方の方だった。
然し、わたくしが居ると云うのに、呆れたものです。

「はっ。良いだろう、貴様の様な躾のなっていない物にはこの余が直々に躾てやろう。剣を持て、男」
「笑わせるな、この雑種風情が!」

誰が雑種なのか、生前散々言い聞かせたでしょうに。呆れの溜息を一つつけば舞い上がる塵屑。無意味な戦闘に、何の意味があるというのか。
     
「―――停止。(アレスト)」

そう呟けば聞こえる苦渋の息遣い。目の前に落ちてきた宝具に手を翳し消滅させる。所詮、こんな物。


「御止めなさいな、野蛮な」


向こうにも聞こえる様に言えば、降り注ぐ視線。其の視線に軽蔑の念を籠めれば、怒りの篭った声が耳に届く。

「――っ、女」
「御止めなさい。貴女の相手はその方では無くてよ」

軽く力を籠め、槍兵の元へ投げ衝ければ優しく受け止める。何百、何千年の時を越えて、再会。

「エムレン、?」

一人は驚愕の声色で。

「エムレン、なのか」
「――ディルムッド、さま」

一人は動揺を隠せない声色で。

存在を確かめる様に一人が手を伸ばし、指先が触れる。
良くは確認出来ないのですが、中々な表情をしておられると思われる。

何ですか、素敵な道を味わっているのね。

わたくしの跡の子には幸せになって頂かなければ、面白くない。味の無い者など、興味がありません。可能ならば、此の儘此の二人を眺めて浸って居たかったのですが、何分、邪魔なものが。


「感動の再会のところ、申し訳ないのですけれど」


わたくしが発した声と略同時に現れたのは忌まわしい、まるで憎悪の化身。


「差し詰め、招かざるお客様というところかしら」


でもまあ、余興には丁度良いお客様なのでは無いのかしら。


―――それでは始めましょうか、聖杯戦争を。
醜い争いを、人の業を、わたくしに魅せて頂戴。


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