突如鳴り響く轟音。
雷を纏わせ降って来たそれは、間違えなく「戦車」。そんなことこの状況でやらかすのはサーヴァント以外居るわけがない。その場にいた全員が戦慄した。


「双方、武器を収めよ。王の御前である!」


そう叫んだのは戦車に乗っていた巨漢の男。つまりこの男がこの状況を望んで作ったのだ。

しかし、何がしたいのか、この男は。

自らサーヴァントの弱点とも為り得る真名を語り、戦闘を中断させられたセイバーとランサーに臣下にならぬかと誘いをし、「くどい」と双方に断られ、自らのマスターが悲痛な声をあげる。


『そうか、よりにもよって貴様か』


凍えるような、怨嗟の声によりその場が静まり返った。
その声の出所を探すが、幻覚により攪乱されていて判然としない。それ程までに、ランサーのマスターは優秀な魔術師なのだ。近くで、くつくつと、笑うものが一人。
憎悪を剥き出しにした声色で、続ける。

『いったい何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば―――よりにもよって、君みずからが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバー・バルベット君』

その憎悪の矛先はその行いに心当たりがありまくりの、巨漢の男、ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットは恐怖で震えだす。それと同時に、ランサーのマスターが誰であるか判ってしまったのだ。

『残念だ。実に残念だなぁ。可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。ウェイバー、君のような凡才は、凡才なりに凡庸で平和な人生を手に入れられたはずだったのにねぇ』

ねっとりと、耳に余るような声でランサーのマスターは続ける。ウェイバーが思い出すのは、あの自分を侮蔑しきった、冷たい、眼。

『致し方ないなぁウェイバー君。君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味――その恐怖と苦痛とを、余すところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』

その猫撫で声に、ウェイバーは耳を塞ぎその場に縮こまる。
それもその筈。今まで言葉の上では理解していた"殺意"というものを、今身を持って初めて体験しているのだ。どんなに頭では理解しようとも、体が、恐怖で竦む。
そんな姿をを見て、ライダーは強く、そして優しくウェイバーの肩を包み込んだ。
その行動に一番面食らったのは、ウェイバー本人で、それでも確かに感じられたのは自分を気遣うかのような、護るかのような、そんな、頼れる、手。

「おう魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。だとしたら、片腹痛いのぅ。余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。姿を晒す度胸さえない臆病者なぞ、役不足も甚だしいぞ」

沈黙を守り、しかし怒りの空気を纏わせるランサーのマスター。


「――――――」


その時、小さな声が囁かれた。
それは本当に小さな声で、それでも三体のサーヴァント全員には届いていたらしい。次の瞬間、ランサーのマスター基ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの怒りの空気を払拭するかのように、一人の人間が歪な形の剣を片手に空中へと現れその剣を迷うことなく、ランサーへと向けた。無論、そんな不意打ちで傷付けられるようなランサーではない。
赤い槍――ゲイ・ジャルクでそれを受け流し、反撃を試みたが難なく躱されてしまった。それを見てランサーは眉間に皺を寄せる。そしてもう一つの黄色い槍、ゲイ・ボウで更なる追い討ちを試みたが、それすら躱されてしまった。

「――貴様、何者だ」

低く唸る様な声にその人物はせせら笑いを浮かべる。
そしてまたその歪な形の剣を構え、ランサーに斬りかかった。しかしランサーは距離を取って躱し、その剣の攻撃範囲を出る。

「答えろ。貴様、サーヴァントではないな」

姿からの判断か。その格好は戦場にいたものの格好ではない。明らかなる現代人の格好であり、フードで顔を覆い隠している。カン、と剣の先を地面につけ肩の力を抜き構えを解く。挑発しているのか、その唇には弧を描いて。

「あくまでも、答えぬと言うのだな」

ならば、と槍を構えるランサーにその人物は、あろうことか、


「「「!?」」」


その場に居たもの全てが驚いた。
否、驚かざる得なかった。

得物を持っている、更には仕留める気がある相手に、その人物は"背を向けた"のだ。そんなことはあってはならない筈なのに、その人物は自らの無防備な背をランサーに向けた。
あまりにも理解出来ないその行動に流石のランサーも息を呑む。

―――罠か?

そんな事を思ったが、その人物が何か仕掛けたようにも見えなかった。何たることだ、そんな、莫迦な。
そんな事を思っているとその人物は地面を蹴った。通常ではありえない飛躍力、それで着地した場所が場所だ。驚かざる得ない。

ライダーの戦車の端に、その人物は着地したのだ。

ウェイバーは情けない声を上げ、自らのサーヴァントのマントを掴む。そんな姿をみてその人物は笑い声をあげた。その声は、確かに聞き覚えがある。


「…っぷ、あたしを見返すんじゃなかったの?ウェイバー」


自らの顔を隠してたフードを取り、少女は笑う。
あまりにも見知った顔に、ウェイバーは声を張り上げた。


「お、おおお、おまっ、」
「うーん…ちゃんと通じる言葉をですね…」
「〜〜っなんでオマエが居やがりますかーっ!!」
「なんだ坊主、知り合いか」


少女はまた、笑った。

「折角面白いことしてんのに、ウェイバーもケイネス先生もあたしのこと混ぜてくんないし、勝手に乱入しちゃった」

語尾に「きゃは」と星でもつけそうな勢いで少女は言い放つ。そしてランサーを見るとニヤニヤとまたあのだらしが無い笑いをするのであった。

「イケメンさん、会うのは二回目だね」
「…なぜ、」

あの時と同じ言葉を綴るランサー。しかしその言葉の続きは少女の笑みによって遮られた。手にしていた歪な剣は微粒子となり光となり散っていく。 そして征服王たるライダーを一瞥して、その場にいた皆に言い放った。

「どうぞ続けて下さい。わたくしは役者が揃ったら、面白い余興を見せてしんぜましょう」

少女は無邪気に笑う、笑う。
まるで玩具を見つけた子供のように。

「や、役者が揃ったらって…」
「うむ。確かにな」

少女の言葉にライダーは声を張り上げ、此処にいないものに、挑発をした。



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