どうしてそうなったかは誰にも分からない。


ウェイバー・ベルベットは自らが書き綴った論文をとある講師に破り捨てられた事にかなり腹を立てていた。自らが持っている才を誇りに思っている彼はそれを認めない周りが疎ましかったのだ。血筋血筋と言って誰一人として「ウェイバー・ベルベット」という人間を見ない。何故血筋だけで魔術師の格が決まるのか、何千回と思っていることをまた思い、彼の苛立ちは留まる事を知らず、終いには「あの講師は僕の才能を恐れたんだ」とまで言い出す始末である。

そんな彼の正面から一人の少女がやって来た。
少女は彼の存在に気付いていたが、肝心のウェイバーは怒り狂って頭を掻き回しぶつぶつと何やら言っている。
見かねた少女は彼に近づき一言、「どうしたの」と声を掛けた。

「クレイ!」
「だから、どうしたのってば」
「聞いてくれよ!」

そんな激昂している彼の長々とした話を少女は律儀に最後まで聞いてあげた。長話なのだったら何処かに移動すれば良かった、と少女はその胸の内にポツリと不満を零す。廊下で長話をされたのだ。少女とて疲れたし、ウェイバーも怒りで疲労が蓄積されたのだろう。

「今からケイネス先生の講義に行くところだったのに」

ポツリ、今度は口から不満を漏らす。その言葉にウェイバーがあからさまに嫌そうな顔をした。

「なんだよ、他の授業受けないくせに」
「単位危ないらしいから最近どの授業にも顔出ししてるよ」

それに、と少女は続ける。



「水銀ちゃん貰うまではあの人に付きまとってやるんだから!」



下らないとウェイバーは盛大な溜息を吐いた。
この少女はケイネスの礼装、月霊髄液を見たときに一目惚れしたとのことだ。何故月霊髄液を見る状態になったのか、全く理解不能だが、それ故にケイネスの授業だけは一応出席している。
ウェイバーの言う通りこの少女は殆どの授業に出席しない。
何故かと問いただしても少女はただ面倒だからとだけ言ってあっさり切り捨ててしまう。この一流魔術師を目指す者で溢れ返っている時計塔の講義をこのように不真面目な姿勢で取り組むものなど、この少女くらいだ。お陰でこの時計塔で少女を知らぬものなど居ない。それは少女がそんな不真面目でも此処に居られることにも所以する。

"実力"。

どの生徒にも劣らない、目に見えて分かるもの。
ただ、それだけだ。
少女の家系は秘匿されている。
少女も何も語らない。故に何代続いている家系なのかも分からない。六代以上続いている由緒正しき家系かもしれないし、或るいはウェイバーのように三代、或るいは三代にすら満たない歴史の浅い魔術師の家系かもしれない。
時計塔の皆は前者だと口にし、むしろ後者など言うものは誰一人としていなかった。それがこの時計塔というところだ。
魔術師の力は皆何代にも続く魔術刻印によって表されるものだと、そう信じて疑わないから。

まあどんなに噂立てようとも真実を知っているのは少女と、魔術協会の者だけだ。何故この少女の家系を隠匿する必要があったのか、考えれば分かることだというのに。

「まま、ウェイバー君。精々頑張り給え」
「〜っ、お前だって今に見返してやるからなっ!!」
「はははー、楽しみにしてますう」

その数日後、ウェイバー・ベルベットは極東の島国へと飛び立つのであった。


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