その子は皆から愛されていた。
皆から好かれ、皆に笑顔を振り撒き。そうしてその子はひとつの願いを口にした。
「フレディア!!居るんだろう!」
森に響き渡る声は若干の焦りを含んでいて。枯れた木々たちがざわめく。
「フレディアッ!!」
ただその子は叫び続けた。何時ものように隠れているのだと、かくれんぼをしているのだと信じて。
同じ名を何度も何度も繰り返し、声が渇れようようとも日がくれようとも同じ名を呼び続けた。ただひたすらに、その名を呼び続けた。未だ答えはない。
日が完全に傾き、行く宛もなく、ただ気付いた時には、自分が何処に居るのか判らなくなっていた。ただそれでも構わないと、蚊の鳴くような声で呼び続ける。枯れた木々たちは静かに静寂を守っていた。
「…ふれ、…でぃあ……」
どうして、と。その子はついに膝を曲げてしまった。
自分が愛した者、自分が護ろうとしたもの。まるで初めから居なかったように、まるで、そんなものは存在しなかったかのように。
その子は嘆き続けた。この枯れた木々たちのように、その子は嘆き続けた。
「何故だっ!何故フレディアを奪った!何故私から、私からっフレディアを奪った!!!」
悲痛に叫ぶ声に木々たちがざわめく。死に体で、木々たちはその子に懸命に伝える。
「―…何故だ…何故、巻き込まればならなった……!」
その子はただ自らを呪う。
この場を戦場とした者たちを呪う。
この地に赴いた騎士たちを呪う。
栄光?勲章?ふざけるな、返せ、返せ、と。その子はただ世界を呪い続けた。
小さな足音が聞こえた。
その音に反応して、顔をあげる。ぱり、ぱり、と焼き枯れた葉を踏む音。
「―…フレディア…?」
小さく名を呟く。そんな筈はないと、その子は知っていたのに。それにも関わらず期待を含んだ声で。
そうして、現れた男にその子はああ、と納得する。
「……そうか」
もう、居ないんだな。と。
その子は項垂れた。
「こんな時間にここで何をしているんだ」
「貴方には関係ない」
「ここは危険だ。まだ敵が――…」
ぴくりと。
その子は瞳を光らせた。
「………居るのか」
「?」
「この森を焼き払い、この森を殺した奴等がまだ居るのか………?」
その男は怯む。
だめだ、と。直感的なものがそう告げた。恐怖心から男は首を縦に振る。ああ、とその子はまるで救われたかのように微笑んだ。
「ありがとう、フレディア。君は私に仇をとってほしかったんだね?」
木々たちはざわめく。
そんなものは、望んでいないと。けれども今のその子には森たちの声など届きはしない。
「安心してくれよフレディア。私は、ちゃんと君を追い出した奴等を全員殺してあげる。だから、君は安心して、精霊の丘に帰って良いんだ」
ずるりずるりと。
その子は背負っていた剣の取りだし。微笑みながら、微笑みながら、何かを求め男の横を通りすぎた。
憎かった。
母親は居なかった。父親は居なかった。だから、あの人が私の母親だった。皆に笑顔を振り撒いても救われなかった私を、救ってくれた。だから憎かった。愛していた。護ると誓った。その誓いを私は破った。ならば神からの戒めが降り注ぐ筈なのに!!!!
「はぁ、…あ、…は、…はははっ…!」
ねえだからフレディア。
帰って来てよ。
私の頭を撫でてよ。
せめて"さよなら"くらいは、させてよ
「は、ははははははは!!!」
ちゃんと私は×したよ。ねえほら×したんだ君を傷付けた奴等全員×してやったよ。だから、だから、
「は、…は………ぅ、……あ゛あ゛あ゛ああぁぁああああ゛あ゛ああ゛あああああああ!!!!」
木々たちは啼く。
木々たちは嘆く。
木々たちは祈る。
どうかこの憐れな魂を救ってやらんと。
降り注ぐ雨は決して、その子を洗い流さなかった。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!どうして、私ばっかり!!どうして!どうして助けてくれない!どうして!」
「力だけでは駄目なのか!?強いだけで何を救えた!?力だけで何を救った……!」
その子は死体だらけの地を踏み世界に向け呪詛を吐いた。死んでしまえと、こんな世界なくなってしまえと。全てに向けて呪いの意を向ける。
だから、
「それでどうした」
現れた男が理解できなく。
「それで誰を救う?小娘」
言われている言葉が理解できなく。
「×きたいか?」
何を言っているのか。
「×いたいか?」
理解できなくて。
「ならば我に忠誠を誓え。さすればきっと救われるものがあるだろう」
けれどもその姿に、見えぬ筈の、少女が望んでいた精霊の姿を、確かに見た。