風を切る音が耳障りで目を覚ました。
今自分が床に寝そべっている状態だという事に気付き、余り力の入らない掌を床について無理矢理体を起こす。
ぎしぎしと木特有の軋む音とその板から溢れ出る魔力に疑問を抱きながらもなんとか体を起こす事に成功し、端に持たれかかった。
大きく息を吸い、吐く。それだけで十分満たされたような気持ちになるのだから不思議なものだ。
「まだ寝てて良いのに」
そう言う目の前の娘の膝には青年(少年?)が魘されながら寝ている。確かそれはライダー、のマスター。一体私の意識が無い間に何があったというのか。その顔は真っ青である。
「……問題ない。魔力もある程度は供給された」
ふう、ともう一度息を吐き辺りを見渡す。そこは空の上で、空を翔る戦車を操っている巨漢の男こそライダーだ。その赤いマントが、忠誠を誓い私が遣えたあの御方を連想させた。ちくりと痛んだのは何処だったか。
「起きたか小娘!」
轟々と鳴る自然の音に負けじと声を張り上げるライダー。どうせ私が声を出しても届かないのだろうから黙っていた。
「見えたぞ!!」
豪快、かつ爽快な声を轟かせ地上へと向かう。世界の法則により体が宙に浮くが端を掴んでなんとか落ちずにすんだ。ライダーは稲妻を響かせながら戦車を地上へと着地させる。
そこに建っていたのは一軒の民家だった。そう、なんの変哲もないただの家だ。
「ここが?普通の家選んだもんだねえ」
「うむ。ちょいとばかし狭いが仕方あるまい」
ライダーは自らのマスターをひょいと持ち、さぞ当たり前かのように家の門をくぐった。普通サイズの門は多少小さく見えたので疑問に思ったが、やはり普通の門だった。
部屋も普通の広さではあった。
まあ人間四人入れば多少狭く感じるものであるが、それ以上に狭く感じるのは約一名が普通よりも二回り程大きさが違うからだろう。
「…デカイな」
ぽつりと本音を漏らせばその本人は胡坐をかいて座っている。 娘はライダーのマスターをベットに寝かし付けているところだった。
「おお、そうよ娘」
そういうライダーの視線は私に向かっていた。私は入り口付近の壁に寄りかかりその視線に応える。
「お主名はなんという」
その問いに一瞬驚いたが私は自らは一度たりと名乗っていなかったことに気付いた。しかし自分から名乗ってやるのは癪に障ったのでライダーを顎で差す。
「まず、そちらから名乗っていただけないか」
ライダーはうむ、と言ってから考える素振りをして見せる。そして自分の目の前を指差した。
「そうだのう。まあまず此方に来い。そのような所に居られては話にならん」
早く来いとでも言うように床を叩く。壁から体を離し指された場所に腰を落ち着ける。こうして見ると本当にデカイ男だ。それに満足したのか、ライダーは肯き己を語りだした。
「我が名は征服王イスカンダル」
「―――成る程、征服王か」
此処に浮き上がる前に与えられた知識を使えば容易に出てくる"征服王"の歴史。とんでもない男であることは確かだ。
ちらりとベットに横たわっている青年を見て、失礼な話ではあるが本当にコイツがこの男のマスターなのかを疑わぜる得なかった。
「さて、余は名乗ったぞ?」
「そうだな。余の名はエムレン。フィアナ騎士団に属していた」
ほう、と征服王は面白いことが浮かんだのか、ニヤニヤしながら此方を見る。
「ならばあのランサーとは知り合いか」
「ああ。生前ディルムッド様には世話になったからな」
ほんのり目を細めれば、予想外の所から声が聞こえてきた。
「なら、ランサーのところ行って良いよ」
そう言った人物はさぞ当然ともいうかのように私を見ていた。予想外の言葉に目を見開き、溜息を零す。
「それは無理な相談だ」
「え、なんで?あたし別に聖杯とか要らないし、てか自分の身くらい余裕で守れるから護衛とかいら「残念ながら余はお前の面倒を見てやる気はない」……じゃあなんでさ」
本気で分からんのか、と目で訴えればこくりと頷かれた。どうしようもない娘だ。
「確かにディルムッド様とは生前は良き戦友であり朋友であった。しかしそれは生前の話であり、今受けた仮初の生はそのようなことをする為に受けたものではない。それでも尚、敵である相手に会いに行けというのか?」
どんなに想ったところで、問題はそこなのだ。確かに言いたいことは山程あるが、終わったことをどうこう言うつもりもなく、それに私が呼び出されたのは昔話しに花を咲かせる為のものではない。聖杯とやらを勝ち取る為に呼び出された。故に本来ならばそれを奪い合う戦に参戦するのが義務なのだが、
「うぬら、聖杯は入らんと申すのか!」
「うん」「ああ」
如何せん、私を呼び出した当の本人も、私自身もそのような願望器は望まない。
「そんな願望器なんかなくともあたしは願い叶えるし」
「余とて生きてきた道に悔いはない。故に叶えたい事などない」
ふん、と鼻を鳴らすと娘は何かを思いついたかのように、何処から取り出したのか、紙を出し何かを書き綴っていく。それを書き終えたのか、満足気に頷きそれを私に渡してきた。訝しげながらも突きつけられたそれを受け取る。
そして、目を見開いた。
「令呪を持って命じます。ランサーの所に行きなさい」
何とも適当に軽い調子でそう言い、ぽう、と赤く光る手の甲。そんな莫迦な、こんなことに令呪を使用するだと?
何か言おうと思ったが娘は満面の笑みで「それ、ケイネス先生に渡してねー」などと言い手を振っている。私の言ったことを忘れたとでも言うのだろうか?敵に会いに行くなど…!
そんなことを思いながらも令呪に逆らう術などなく、怒りを込めた目で娘を睨みつけ、私の意志とは関係なく霊体化をしてしまった体を心の底から恨む事しかできなかった。