"殺すんだバーサーカー!あのアーチャーを殺し潰せッ!!"

何処からとも無く聞こえてくるのは醜い憎悪の声。僅かながらにも其の声は悦に浸っていました。

うっとりと目を細め意識を拡散させの其の根源を辿れば一人の男が笑みを浮かべ路地裏にひっそりと佇んでおりました。その姿は酷く痩せこけており、昔の奴隷達を連想させられる程のもの。全身から溢れ出る憎悪は狂気へと変わり、そして狂喜へと変貌させている。
流石のわたくしも憐れむ気持ちで醜く腫れぼったい左頬へと手を伸ばそうとして、むにゅりと動く、何か。其れが動くと男は苦痛に顔を歪め、触れようとすれば触れるなと言わんばかりに蠢き気色悪い。仕方無く触れる事は諦め、せめて其れが何であるのかを確かめようとした。
ゆっくり刺激せぬ様に男の歪んだ顔に己の顔を近付ける。

―――焦げ臭い様な何とも言えぬ匂いと不自然に舞い起こった強風で意識が削がれる。

拡散させていた意識は総て元の本体へと戻ってしまい、一体何なのだろうかと其の方見遣った。其処には睨み合う黒と金。余りにも状況が理解し易過ぎ、失笑。王は更に武器を繰り出すものだから、思わず結界を展開してしまった。

「別に、結界なんかいらないよ」

わたくしの後ろに控えて居た、マスター、はそう仰って眉を寄せる。腹三分目以下の魔力の違和感でも感じているのでしょうか。

「わたくしの純白の正装が汚れてしまうではないですか」

くすりと悪戯に笑えば好きにすれば良いと肩を落とし戦車へと足をかけ、昇る。其処に居た巨漢の男と目が合ったので微笑すれば照れ臭そうに頭を掻いた。

なんてまあ、場違いな事をしているのでしょうか。

わたくしは視線を変え目の前で繰り広げられる野蛮な戦いを仲裁する気も無く、ただ単に王の気が済む事を待ち結界の内側で息を吐いた。

十六廷の武器を凌ぎきったバーサーカーに心の内で賞賛の辞を送り、王を見る。

人と神の子で在りながら人を愛し神を憎み。
傲慢で総てが己の物と称す愚か者。

わたくし達と同じ地を踏み、怒りを顕にしていた。


「痴れ者が……。天に仰ぎ見るべきこの我を、
同じ大地に立たせるかッ」


なんともまあ、


「その不敬は万死に値する。
そこな雑種よ、もはや肉片一つも残さぬぞ!」


自分勝手なお方。
そういう方が大嫌いなのは、良くご存知の筈ですのに。



「―――煩わしいっ!!」



声を張り上げ王を見遣れば呆気に取られたカオ。

「鬱陶しい、幼稚、莫迦、傲慢、―――本当に何一つとして変わらないのね」

息を吸って長い髪を後ろに流し軽蔑の念を含んだ視線を送って差し上げればそんなもの物ともせずに唯々不満気にわたくしを見て表情を険しくする。何故止める、そう言いたげに。


「ねえ、分からないの」
「―――マーニャ、」

久々に綴られた名を耳に通し頭で反響させた。


「迷惑」

周りを見れば分かるでしょうに。彼の方の戦闘は派手過ぎる。要するに被害が大き過ぎるのです。その刹那、王はピクリと反応し、空中を睨み付けた。


わたくしと会話しているのに他を見るなど、なんて無粋な!


口を開こうとも思いましたが、その視線の先にあるものと聞こえてきた声に言葉を慎む。何処ぞやの王とは違い、其処までわたくしは無礼では有りませんから。

「貴様ごときの諫言で、王たる我の怒りを静めろと?大きく出たな、時臣……」

同時に鎮まった目映い光。其の所為でしょうか、辺りが一段と暗くなった気がしました。

「……命拾いをしたな、狂犬」

バーサーカーに言い放つと金属の触れ合う音を奏でさせ、此方に視線を投げかけてくる王。見てみぬ振りをすれば目の前に来たので仕方無しに展開していた結界を解く。
黄金の鎧を纏った儘わたくしの頬に触れ様としていたので指先を睨み付ければ光と成り散り、素肌が顕になった。其の指先でわたくしの頬を滑る様に撫でる。

「あら、覚えていたの」

わたくしがその鎧で触れられるのを嫌う事。
口にせずとも伝わったのか、その目を細め鼻を鳴らした。

「当然の事よ」
「何時までも此方に見向きもしないものですから、てっきり」

皮肉の念を込めて言えば近づく王の唇。今はわたくしの機嫌が良いので、大人しくしている。


「 拗ねたか 」
「、!」


そんな訳、と反論しようとする前に宙に浮く体。

「貰って行くぞ、娘」
「ええどうぞどうぞ」
「――随分ね、呼び出しておいて」

へらへらと笑うマスターに睨みを利かせれば軽く流され、終いには「お幸せに」等と巫山事とを抜かされた。
しかし王は其れに機嫌を良くされたらしい。鼻を鳴らし他のサーヴァントを見る。

「雑種ども。次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは真の英雄のみで良い」

ゆるりと動いた体に瞳を伏せ、王と同じタイミングで霊体化し、誰にも悟られぬ様ほくそ笑んだ。


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