声になっていない咆哮。
同時に降り下ろされる巨大な斧。その下には焦りを浮かべた女性。

重たい音によりそれは弾かれた。女性は目を見開く。


「こっちよ!」


唐突に腕を掴まれ走り出した。縺れる足を懸命に動かし引かれるがままにぎこちなく走る。その顔には恐怖の色を浮かべて。
軽い段差を遠坂凛は跨いで通った。がしかし腕が引かれ、離れる感覚に足を止めて振り返る。

「っ、!」

そこには転んだ女性がコンクリートに膝を付けていた。

「ちょ、大丈夫!?急がなきゃ、」
「待て、凛」

無理矢理立たせようとしていた遠坂凛に静止の声をかかる。

「目が見えないのではないのか?」

その台詞に遠坂凛は呆けたような顔をした。けれども遠くで吼える獣の声に意識を戻す。

「っ、アーチャー!」
「ああ。凛、君は走れるかね?」
「当たり前よ!とりあえず家まで走るわ!」

承知した、と言って地面に座っている女性に一度断り、その体を持ち上げた。驚いたように目を見開いたが、直ぐに手を伸ばしてくる。一番最初に当たったのは鎖骨付近。そうしてなぞるように首もとへと手を動かし、漸く見付けたと言わんばかりに首に強く抱き着いた。





遠坂邸に着きアーチャーは女性をソファーに降ろす。

「………」

闇に紛れその顔は良く判らなかったのだが、こうして見るとかなりの美人であることが分かった。それはもう美少女である遠坂凛すら息を呑むほどに。絡まりの知らない金色の髪は一本一本が糸のように美しく、その目は宝石のルビーを思わせる程に透き通っていて、綺麗だ。

「……で、貴女目見えないの?」

じっ、とこちらを見据える女性。正直言って目が見えないようには見えないのだ。力強いその瞳には確かに、光を宿している。

「戯け。当然であろう」

その答えには、遠坂凛はもちろんアーチャーすらも目を見開いた。

「唐突に走りおって、肝が冷えるどころの話ではなかったわ。―――まあ、しかし。助けられたのは事実だ。礼を言おう」

ふふんと鼻を鳴らし立ち上がる。余りにも確か過ぎる足取りに本当に見えないのか?と再度疑ってしまう。


「――っ、!?」


しかし何かに躓き転びそうになった。まあ、無論アーチャーに助けられたのだが。

「う、ぐ…!ええい喧しい!一体何だ!」
「仕切りだ」
「仕切りだと?…くっ、いつもいつも余の邪魔ばかりしおって…!」

何に対して怒りを抱いているのだか。まあ確かに、目の見えない人間にとって足元にあるそれらは相当邪魔なのであろうが。

「とにもかくにも余は帰る。外まで案内せよ」
「帰れるのか?」
「馬鹿にするでないぞ」

その手を伸ばし顎ら辺に触れる。ゆっくりと骨格をなぞり、鼻の形を確かめ最後に髪の毛に触れた。

「成る程。声に似つかず貴様存外童顔なのか」
「――っ、ど、童顔だと!?」
「どうやら髪を逆立て誤魔化しているようだな」

ニヤリと彼女は笑う。慌てるアーチャーを見て凛はくすくす笑った。

「さあ早く案内せよ。身内が心配しているだろう」
「くっ…先に言っておくが私は決して童顔ではない」
「そういう事にしておいてやる。手を引け」

手を握り彼女を引導する。彼女の声はなお止まずに、何やら言っている。まるで彼の姿が見えているかのように。

「さあ、出たぞ」
「うむ」

離れた手をポッケに入れ彼女はなにやら四角い物体を取り出す。そうして彼女は聢りとした足取りで歩き出し、後ろを振り返り確かにアーチャーを見た。

「ああそうだ、贋作者」
「――!」
「喜ぶが良い。"特別"にこの借りはいつか返してやろう」

くすりと笑い彼女はアーチャーに背を向け歩き出し、暫くして四角い物体を耳に当てた。


「――余だ、済まぬなギルガメッシュ、迎えを頼む。いや何一人でも構わぬのだが良い土産話が出来てな。ああ、遠坂の家から歩いておる。……だから済まぬと申しておるだろう、そう怒鳴るな。うむ、判った。電話は切らぬが構わぬな?」


夜に溶けていく声は、確かに嘲りを含んでいた。
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