頭がぼーっとする。
風邪ではない。こんな真夏に風邪を引くほど馬鹿ではない。……筈だ。
いや、彼にとっては挨拶代わりのようなものだったのだろう。一々意識などしていてはいけない。そりゃプロトさんはびっくりするぐらい美人さんで、かっこよくて、優しくて。そう、それだけだ。理想像なだけ。理想は現実に届かない。あれは夢だったのだ。それなのに携帯の電話帳には彼の存在を証明するデータが刻まれていた。だから、だから、
「なあにやってんだ」
「!!」
心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「…はぁ、びっくりした。心臓吐き出すかと思った」
「おー、そんな死に方されちゃあ堪んねえな。…で、さっきから何携帯見て難しい顔してんだ」
「うん、あのね、」
今日あった出来事をクーに話す。するとクーは眉を寄せて「それ兄貴にぜってえ言うなよ」と言ってきた。そりゃわたしだって言えんわ。あの人に言ったら発狂しながら携帯ぶっ壊してわたしの額を消毒した上でキスをしかねない。
「しっかし、お前が軟派ねえ」
「…軟派、なのか?」
首を捻りプロトさんの事を思い出す。……うーん、女慣れしてそうな人だったな。
「ったく少しは気を付けろよ」
「えー」
「てめぇは仮でも腐っても生物学上と見た目は女なんだから」
「ちょ、それ言い過ぎ」
うるせぇと言ってクーはわたしの体を引き寄せる。腰に腕を回してプロトさんのように額にキスを落とした。
「消毒」
「うわっクー菌が移った」
「口塞ぐぞ」
やだよー、と言って絡まっている紐を引っ張り赤のコントローラを手繰り寄せる。足の先でゲームの電源ボタンを押しテレビを点けた。
背中をクーに預けてゲームを開始。クーはあたしの腰辺りから手を前に出して青いコントローラを握っていた。
「……なぁ」
「なに」
「新しいバイト見付けたんだけどよ、いけると思うか?」
「えーっと、月水木が17、22コンビニで火18、21土12、18の駅前のカフェでしょ?あとの余りがあそこだから――、まあ、ぎゅうぎゅうにして時間考えればいけないこともない?」
「つうかカフェ飽きた」
「じゃあ辞めなよ。あそこ別に時給高くないし。したら火曜と土曜空くじゃん」
「お前は?」
「コンビニと通りの喫茶店、あとは今の飲食店で限界を感じてる」
ふうん、とクーは新しいバイト先の事を話し出した。どうやらこの様子だと駅前のカフェは辞めるようだ。
「クーばか!死んでる!」
「…っ、なっ!海南レイズレイズ!」
「ばか!クリスタルの範囲外にいかないで!てかどこいった!?」
ばたばたとリアルなわたしの足が暴れまわる。いじめ良くない。一人の女の子に寄って集って……!あ、まってつかフェニックスの尾装備してないから!
「「あー…」」
女の子が倒れて暗転。
コントローラを投げつけクーを押し倒した。
「ちょっと!何時の間に死んでんのさ!?」
「知らねえよ!どっかからなんか飛んできてたんだ!」
「やー、またやり直し!」
ばふっ、とクーの上に倒れ込むと腕が背中に回ってきて抱き締められた。足を絡めて横になる。
「つーかーれーたー」
「明日何時からさ」
「18時」
「おー、わたし17時半から」
「じゃあどっかぶらつくか」
「さんせーい」
ぎゅうぎゅうと抱き締め合って手を伸ばしリモコンを探す。その前に、とクーが起き上がりテレビとゲームを消してあたしを抱き上げベッドに投げ捨てた。
「おやすー」
「ん」
リモコンで部屋の電気を消す。シングルベッドに二人。
そっとクーの手を握って眠りについた。
(プロトさんのことはすっかり忘れてしまっていた。…なんだかなあ)