Giyu Tomioka



(2019 Helloween企画 警察官)


ごめんください、なんて可愛い声をかけて深夜に訪ねてきたしのぶをインターフォン越しに確認して玄関へと向かったまではよかった。玄関を開けてすぐに「トリックオアトリート」と笑顔で言われるなど想像しておらず、ハロウィンも零時を超える直前だったためお菓子は冷蔵庫の中にしまい込まれていた。慌てて取りに行くと言えば、「時間切れです、悪戯ですね」なんて言うから、何をされるんだろうと思っていると、ドアの影から現れた宇髄が、酔って目の焦点が合ってない冨岡を置いていった。何故か警察官の衣装を着せられていたが、そこはあえて突っ込まなかった。大方いつものメンバーで飲んで潰れた冨岡の引き取り先を探していたところに白羽の矢が立ったのだろう。冨岡といえば名前という安直な考えはやめて欲しいものだ。ただの幼馴染以外の何物でもないのに。少なくとも名前から冨岡に向けられた気持ちの中に好意はあるのだが、冨岡から好意を感じたことはなかった。


「どうするのこれ…。」


ソファで静かに寝息を立てている冨岡を眺め、名前は途方に暮れる。酒気を帯びて赤くなった頬をつついても反応はない。規則的に上下する胸を見て、当分起きるはずもないと悟った名前は、押し入れから毛布を持ってくることに決めた。叩き起こして帰らせるのは酷だと思い、名前なりに泊める許可を出したのである。天日干ししてしまい込んであった毛布は微かに太陽の香りが残っていて、折りたたんだまま腕にかけると冨岡の眠るソファに戻った。毛布を持っているために足元が見えないが、日々暮らす家の中であればどこに何があるかは熟知している。器用にテーブルを避けてあと少しでソファの目の前というところで、右足が何かに躓いてバランスを崩し、ソファで眠る冨岡の上に被さるようにして倒れこんだ。

幸いにも受け身の態勢は取れたため、冨岡の顔の両側に手をついて、頭と頭が接触することだけは避けられた。ただ、冨岡が今この瞬間目を覚ましたら、寝込みを襲う痴女と思われても仕方がない構図となってしまっている。起こさぬようそっと足を退けようとすると、ガシャンという音と共に冷たい感覚が右手首の皮膚に伝う。


「は…?」


恐る恐る右手首を見れば、銀色に光る輪が手首から外れない程度の隙間を残してしっかりとはめられている。そして輪から出るチェーンの金具のその先にはもう一つ輪があって、冨岡の左手首へと繋がっていた。何度見ても見紛うことないそれは手錠だ。レプリカにしては精巧に作られており、金属の重みが感じられることから、引っ張ったり捩じったりでは外れないと理解する。寝ぼけて普通手錠をかけるか?とも思ったが、目を閉じて寝ているのだから何も言えない。自分が状況を打破するしかないと、刑事もののテレビドラマの記憶を呼び起こし、手錠の鍵穴を探った。ガチャガチャと音を立てていれば自ずと冨岡も目を覚ますはずなのに、ぴくりともしない。裏返して側面を見て漸く鍵穴の場所を探り当てた。あとは冨岡が持っているはずの鍵を探すのみ。


「…冨岡、ごめん。」


承諾の返事が返ってこないことは重々承知の上でも、先に謝っておけば許されると思った名前は言うなり毛布を剥がす。膝立ちになり、どうせ胸ポケットかズボンのポケットあたりだろうと狙いを定めて手を突っ込む。幼馴染とはいえ成人している男性の身体を触るのは名前には刺激が強い。好意を抱いている相手となれば尚更のこと。服越しとはいえ際どい部分を掠めるたびに手が止まった。寝ている冨岡は気楽でいい、どうせ何も記憶に残らないのだから。名前は目を覚ました冨岡の目をまともに見れる気がしなかった。


「…ない。なんで…。」


隠せる場所は全て探ったはず。胸ポケット、ズボンの前ポケット、尻ポケット全て一度は手を入れた。まさか家に置いてきたなんてことはないだろう。冨岡がそもそも趣味で警察官の衣装を持っているなんて思えない。どうせ飲み会の場で宇髄に着せられて手錠も持たされたに違いない。だとすると、余程意地悪でない限り宇髄は手錠の鍵を冨岡に渡しているはずなのだ。

焦る名前は一つだけ、探っていない場所に気づいた。見つめるは胸ポケットの真裏にあるもう一つの袋の存在。内ポケットである。探るにはジャケットを脱がす必要が出てくる。そこになければシャツのポケット。シャツまでくればほぼ素肌に触れるようなものだから冨岡に流石に気付かれるかもしれない。しかし、ここまで来たらもう引き下がれない。さっさと鍵を見つけて解いて、冨岡に説教しよう。覚悟を決めて名前はジャケットの釦を外し始めた。

上三つの釦を外し、内ポケットが見えるようにして手を突っ込んでも金属の感触はなく、外れか、と小さく舌打ちをすると、シャツのポケットに何やら不自然な膨らみがあるのを発見する。上から撫でれば固いギザギザとした感触がして期待は確信に変わる。喜びから先程よりも勢いよく手を突っ込んでしまった事が運の尽きだった。


「…おい、何してる。」
「へ…っ!?」


突如聴こえた低い声に驚き、思わず腰を落としてしまう。冨岡の腰辺りに着地したことにより、繋がれていた手首が引かれて冨岡の腕が宙に浮いた。先程まで虚ろだった目は見る影もなく、焦点が合い名前を射貫いている。


「ちがっ…!冨岡、これは違うの!不可抗力なの!」
「これがか?」


ちゃり、と金属が無機質な音を鳴らした。どう足掻いても名前の身が潔白だということは目の前の男には分かってもらえないだろうと項垂れる。冨岡とはそれなりにいい関係を築いてきたつもりだった。こんな一夜の、一時の出来事で今まで築き上げてきたものが崩れ去ってしまうだなんて耐えられない。分かってもらえるまで話すしかないと口を開いた刹那、冨岡が身じろいだことで名前の腰が揺れた。

それによって座る位置が変わると名前の尻に固いものが触れて、ぐっと押し上げられる。ベルトとは違い、柔らかいながらも芯があり、擦りつけるように名前の尻を数回撫で上げた。脳内に警鐘が響き渡り、今すぐ逃げろと告げるが、繋がれた手によって逃げることは不可能だ。当たるものの正体ぐらい名前にだってわかっている。そうしたのが自分自身だとも。


「…冨岡?」
「名前が寝込みを襲うから勃った。責任をとれ。」
「待ってよ!私達恋人同士でもなんでもない!」
「……お前は俺のことを好いていると思っていたが違ったか。」


好意があればことに及んでいいわけではない。気持ちが通じ合っていない行為は虚しいだけだ。冨岡に好意があること自体に否定はできないため名前は口を噤む。


「俺は好きでもない女を抱く趣味はない。」


名前が乗ったまま上体を起こすと、冨岡は膝の間に名前を入れて抱き留めた。手錠のかかる方の手は、冨岡の指に絡めとられ隙間なく指同士が交互に組まれ繋がっている。小さい頃は体格差などほとんど感じなかったのに、随分と男らしい体つきになっている。吐息から香る酒臭さに名前が少し体を離すと、冨岡はそれを許さず抱く力を強くした。


「いいか?」
「何が…?」
「何度も言わせるな。」
「…ちゃんと好きって言って。」
「………愛している。」


静かに呟かれた”好き”を遥かに凌駕する言葉に名前の頬は深紅に染まった。


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