Sabito



(2019 Helloween企画 あやしいお菓子)


仕事から帰宅した錆兎がテーブルに置いたオレンジ色の紙袋を名前はまじまじと見つめる。男からの贈り物にしては女々しいと感じる袋に、女の影を感じたからである。世間がハロウィン一色であることは理解しており、職場でお菓子交換を行ったのだろうことは想像できる。しかし、普段あれほど名前に「男を近寄らせるな」と言う割には、自分は女からの贈り物を貰うのかと気に食わない。名前は職場で女性としかお菓子は交換しておらず、言いつけを守っているというのに。


「ねぇ、これどうしたの。」
「帰りの電車で宇髄さんとたまたま会って押し付けられた。」


ジャケットをハンガーにかけ、ネクタイを緩めながら錆兎は首だけ振り向いた。その姿が様になっていて、同棲して半年以上経つというのに胸がきゅんとした。なんだ、女からの贈り物じゃなかったのか。一安心した名前だったが、今度は中身が気になってくる。

宇髄は錆兎と名前の大学時の先輩であり、在学中は色々と面倒を見てもらった頼れる兄貴分だ。錆兎とお付き合いして同棲まで漕ぎつけるのにも一役買ってもらった。社会人になってからも三人で集まっては仕事の愚痴を聞いてもらったり、己の経験から恋人と長く付き合う秘訣を教えてくれる。基本的には”いい人”に形容される。…基本的には。唯一汚点があるとすれば、二人の仲を面白がって茶々を入れてくるところだ。もう既に彼には前科がある。

昨年のクリスマス、錆兎と二人で過ごそうとしていた名前に、宇髄からクリスマスプレゼントと言って小瓶を渡された。小瓶は綺麗な硝子細工が施されていて、高級な酒だと思った名前は中身の確認もせず錆兎と自分のグラスに注いで飲んだ。味も悪くなく、派手好きな宇髄なだけあって、見た目もセンスの良い酒を贈ってくれたと喜んだ。

だが、その晩、対して飲んでいないはずなのに、急激に名前は体温が向上し、触れてもいない秘所からとめどなく液が伝い、疼いた。はしたないと思いながらも錆兎に触れてほしくて自ら抱いてとせがむほどに。錆兎もまた同じで、短く息を吐きながら苦悶の表情を浮かべていた。隠しきれないほどにスウェットのズボンを押し上げる錆兎の自身に生唾を飲んだものだ。お互い求めあうまま身体を繋げ、狂ったように喘いだ。果てには意識を飛ばして朝まで繋がったままで眠り、起きたらベッドは互いの体液でぐちゃぐちゃ。散らばった衣服やスキンを片付け、翌日に来た「昨晩はお楽しみだったか?」というメッセージで薬を盛ったことを確信したのである。正直錆兎から意識を失うほど求められたのは嬉しかったので、怒りつつも感謝した。

贈り物において宇髄の信用は地の底であるはずなのに、錆兎が素直に受け取るとは思っていなかった名前は中身が気になってくる。


「開けてもいい?」


短く肯定の返事が背中側から帰ってくるなり名前は紙袋を開く。中には包装された小さな四角い箱がぽつんと佇んでいた。前回の小瓶の様に重みはないことから、媚薬の可能性は低いだろう。職場である学校の生徒から貰いすぎて余ったものを渡したのかもしれない。丁寧に包装を剥がし、茶色い小箱の蓋を開けるとふわりとチョコレートの香りが広がり、一口サイズ大の銀紙に包まれたものが二つ鎮座していた。


「錆兎、チョコレートみたいだよ。すごくいい香りするし食事前に食べない?」
「…そうだな。喰わせてくれるか?」


身支度を整えて近づいてきた錆兎は名前の手が楽に届くよう、少し膝を曲げて口を開けた。その動作が愛おしく感じた名前は銀紙を剥くと、口の中にそっと入れてあげる。舌の上に乗せて指を離そうとすると、錆兎は名前の手首を掴んで指ごとチョコレートを舐め始めた。チョコレートを舐めながら、時々指の腹を掠る舌が燃えるように熱い。少し舐めところで指を吸いながら口の中から出した。


「…やらしい。」


大胆な行動に出ると思ってなかった名前は赤面した顔を隠すように俯いて、残ったチョコレートの銀紙を剥くと口の中に放り込む。


「…んっ?」


名前の口にチョコレートは大きく、歯で割ると中からじゅわっと何かが溶け出し、舌に触れるとびりびりと痺れる。それだけではなく、ブランデーのような洋酒の香りが鼻から抜けていく。ウイスキーボンボンにしては酒の濃度が極端に高い。酒に耐性がある名前でもきついと感じられるほどだ。錆兎の様子を伺えば表情を変えることなく口を動かしている。


「お酒の味きつくなかった?」
「多少は。」


こんなものだろうと言って錆兎は名前の手から銀紙を取り上げると、箱と一緒にゴミ箱へ捨てる。捨てられていった箱を見ながら、貰い物に文句をつけるのは吝かだと考えた名前は考えを停止した。



「ま、いっか。ご飯温めるから座ってて。」
「いや、俺も手伝う。箸を並べるぐらいしかできないが。」


手伝いの申し出を快く受け、二人で配膳していけばいつもより早く食事の支度は整った。他愛のないことを話しながら錆兎と食べるご飯は一人で食べる何倍も美味しく感じる。いつもは聞き役に徹する錆兎だが、今日は随分機嫌がいいのか自ら話を振ってきた。

この時はまだ名前は気づいていなかった。徐々に体が熱を持ち始めていることに。そして、名前が小箱を空けているところをネクタイを解きながら横目で見ていた錆兎の口元が弧を描いていたことに―。


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