四人でいられること




一年で一番早く起きる日、元旦。カウントダウンを見届けてから布団に入り、ゆっくり身体を休めないうちに朝を迎える。温かい布団から片足を出そうものなら一瞬で凍り付くような寒さだ。布団を被って身体を丸めても最終的には起きなければならないのだから無駄な抵抗であるが、寝起きの幸せなひと時を逃したくはない。目を閉じたままベッド脇に置いてある携帯から充電器を抜き取って電源を入れると、瞼の上からでも眩しい光が射してきた。薄っすら片目を開ければ、既に新年の挨拶を告げるメッセージがいくつか入っていたが、開くことなく電源を落とした。一つ大きく伸びをして起き上がる。

昨日までと何ら変わりはない今日も、年が変わっただけで何もかも新しく感じる。例えば顔を洗うために捻った蛇口の冷たい水とか、柔軟剤の香りがする柔らかいタオルだとか。元旦でなかったら日常の一コマとして気に留めないのについつい初めて触れるもののように感じてしまう。身支度を済ませてコートを羽織ると、その上からマフラーを巻いていく。勿論ポケットにカイロを忍ばせるのも忘れない。親が起きないようにこっそり鍵を開けて家を後にすると、日の登らぬ薄暗い道を歩く。冬の朝の空気は澄んでいて肺を凍らせるほど冷たい。白い息を上げながら目的の場所まで急いだ。


「あけましておめでとう。今年もよろしくね、名前。」


新年最初の挨拶は毎年真菰から始まる。まだ眠気から完全に抜け切れていない間延びした挨拶を返せば、相変わらずだねと言って真菰は笑った。夏祭り同様に四人で過ごす行事の一つである初詣は今年も例年通り計画されて、境内に集合する予定だ。四人、そう、四人。錆兎に決意表明をしてから冨岡とプライベートで顔を合わせるのはこれが初めての機会になる。

職場では事務的な会話のみで、冨岡は私に本音をぶつけたことを気にしているのか話しかける素振りは見せなかった。それどころか目を合わせたら気まずそうに逸らされて、避けられているような気もする。そんな中で話し合いの場を設けるのは難を極めた。前回はたまたま帰宅時間が一緒になっただけで常日頃から揃うわけではない。そもそも職場では不用意に話しかけるなと散々自分から言っておいて、話したいから一緒に帰りたいなどとは言えなかった。また、メッセージアプリや電話で済ませられるとも思えないし、簡単にまとめられる内容ではない。顔を見ながら声に出して伝えなければ心も篭らないだろう。あれこれ考えているうちにカレンダーの日付は捲られていき、年が明けていた。このままでは年どころか年度末すら迎えそうで焦った私に送られてきた初詣の誘い。二つ返事で参加と一言送ってから冨岡の反応を待つ時間ほど緊張感が高まった時はなかっただろう。かなり遅れて送られてきた参加の文字に安堵した。

それからの私の行動は早かった。錆兎に根回しして二人の時間を少しでいいから作ってもらえないか頼んだ。私から話があると誘っても何となく断られる気がしたから、タイミングを見計らって離れてもらえるように。錆兎は静かな場所で最初から二人で話したほうがいいと言ってくれたが、現状の冨岡の様子を考えると厳しいと感じた。それならば話さざるを得ない状況を作る方が容易い。焦るなと錆兎は言ったものの、必死さが後押ししたのか終いには協力を申し出てくれた。お膳立ては整った。あとは私自身、私の心情を明確に伝えられるかどうかにかかっている。


「…名前?聞いてる?」


コート越しに腕をつつかれて、ぴくりと肩を揺らしてしまっては聞いてないと言っているようなものだ。真菰は頬を膨らませて私の腕に抱き着いた。


「心ここにあらずって感じ。」
「ごめん。」
「謝るってことは図星なんだね。…私には話せないことなの?」


眉を下げて心配する瞳に思わず打ち明けてしまいたくなる気持ちをぐっと堪える。相談相手はいつも真菰だった。親身に聞いてくれて的確な助言をくれる。その通りに物事をこなせば何故か一度も失敗しなかった。必ず答えが貰えて、なおかつ良い結果が出せると分かっていれば助言を優先し自分の意思は蔑ろにしてしまう。だから敢えて今回は真菰に話していない。きっと今回も真菰は私を案じて様々な視点から助言をくれるだろう。慣れ切ってしまっている私は深く考えず助言通りに動くに違いない。それでは何の解決にもならなければ、本音をさらけ出した冨岡への侮辱にもあたる。


「待っててほしいの。今日が終わったら必ず話す、約束するから。」
「…わかった。絶対だよ?」


小指を立てて差し出されて、自ずと小指を絡ませた。嘘ついたら針千本飲ます、なんて言って笑う真菰はそれ以上干渉する気はないようで安心した。私を信じてくれている何よりの証拠だ。感謝を伝えるにはまだ早いから喉から出かかった言葉は息と共に飲み込む。冷たい風を受けながら寒いねと口々に言い合って集合場所へと歩みを進めた。前方に見える空は日の出を迎えんばかりに橙色に染まってきている。例年通り集合時間を少し過ぎた頃に日が昇るよう見計らって集まっているはずだが妙だ。


「今年の日の出って早いの…?」
「…名前が5分遅刻して来たからギリギリなんだよ。」


持っていたスマートフォンを確認すると集合時間が目前に迫ってきている。遅刻した自覚が全くなかったことを告げれば、ため息を吐いた真菰に走るよと言われて後に続いた。早朝ランニングは学生時代の部活以来で少し走っただけでも息が切れる。加えて冷え切った空気では肺に酸素がうまく入っていかない。それでも揃って日の出を迎えたかったから文句を言わず足を動かすことに専念した。境内へと続く階段を駆け上がる頃にはすっかり汗が滲むほどに身体は温まっていたが、反動で足は地に着いているだけで精いっぱいだ。膝に手を当てて息を整えていると、疎らながらもいる参拝客からの視線が刺さる。


「あ、いたいた。名前が注目されてるから錆兎が顔に手を当ててため息吐いているよ。これは怒られるね。」


遠くに二人の姿を見つけた真菰は呑気に手を振りながら人ごとのように言う。真菰が言わずとも遅刻について説教されるであろうことは薄々気づいてはいたからダメージは少なく済んだ。ちらりと真菰が手を振る方を見やると、藤色の目と並んだ藍色の目がこちらを見つめており、視線が交差した気がした。まだ息が整いきっていないのに手を引っ張られて連れて行かれる。途中で通りすぎた甘酒の屋台から漂ってきた香りにつられて購入したくなったが、集合が先だと思いとどまった。


「あけましておめでとう名前、真菰。…新年早々遅刻とは情けない。」
「あけましておめでとう。」


やっぱりね、と笑った真菰を錆兎が不思議そうに見つめているのが可笑しくてまた一段と笑っていると参拝客の歓声で日の昇り始めに気が付き、四人並んで日の出の瞬間を見つめる。街がじわりじわりと染まっていく様子が神秘的で輝かしい。大きく息を吸っては吐き出し、深呼吸を繰り返す。


「…今年も変わらず四人で見られてよかった。」


しみじみと呟いた錆兎の言葉が胸に染みて頷く。小学校で出会った仲間が誰一人欠けることなく繋がりを保っていられるのは奇跡に近い。視線を逸らさず太陽を見つめ続け、太陽が完全に顔を出してからお参りを済ませたところで甘酒の存在を思い出す。


「ちょっと甘酒を買ってくるからここで待ってて。」


小銭入れをポケットから取り出しながら歩き出そうとしたら、錆兎から待ったの声がかかった。


「俺が代わりに買いに行く。真菰、一緒に来てくれないか。」
「私?名前が買うんだし名前と二人で…。」
「いいから。」


半ば強引に押し切った錆兎に連れられて真菰は行ってしまった。二人が行ったということは私と冨岡だけが残されたということ。いいタイミングで二人の時間を作ってくれとはお願いしたが、些か早すぎるような気もするが仕方がない。気まずそうに背を向けた冨岡の正面に回り込もうと砂利を勢いよく踏んだ。

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