焦がれるシロップ | ナノ




Toru Amuro


ジリジリと照らす太陽。アスファルトに反射して照り返す光が、さらに気温を高める。今年の最高気温となるでしょう、アナウンサーが朝言っていた通りだ。滴る汗をタオルで拭きながら、営業先へと足を運ぶ。こんな日に限って営業車が出発直前にガス欠したため、不本意ながら電車を乗り継いで徒歩で向かうことになってしまった。自販機で買ったお茶はすぐにぬるくなってしまって、体を冷やしてはくれない。あぁ、これだから夏は嫌だ。連日熱帯夜でよく眠れず寝不足、そのせいで食欲も減少、疲れが取れないまま出勤のサイクルで体はボロボロ。営業先に着くころにはすっかり疲れ切っていたーー。


仕事が終わって家に帰ると、部屋は熱気がこもっている。即座にエアコンをつけて扇風機で部屋全体に冷気を巡らせる。料理をする気にもならないので、コンビニ弁当を買って帰るのがついに一週間続いてしまった。それが健康に悪いことがわかっていても。冷蔵庫からお茶を取り出して一気にのどに流し込む。弁当を開けて、通らないのどに無理やり食べ物を詰め込んだ。


「働きたくない…家にいたい…何もしたくない。」


そのまま床に倒れこんで目を閉じた。床は冷たく体の熱を取ってくれる。心地いい温度を感じながら、意識を手放したのだった。





ポアロのバイトを終えて、すぐに七海に電話をしたのに2回かけ直しても出る気配がない。普段なら帰宅している時間のはずだ。残業に追われているか、七海の身に何かが起きたか。前者ならばいいのだが、嫌な予感がした。速足でポアロを後にして、愛車に乗り込む。まずは家に帰っているか確認して、いなかったら会社までの道のりを車で回ろう。法定速度ギリギリを守りながらアクセルを踏んで車を飛ばした。


マンションに着くと、インターホンを押すこともなく、エレベーターに乗り込んだ。今はその時間すら惜しかった。鍵がかかっていたとしてもピッキングで開けてしまえばいい。ゆっくりと上昇するエレベーターに苛立ちを感じつつ、目的階に到達するとこじ開けるようにして出た。七海の部屋まで駆けていってドアの取っ手を何度か上下させると、鍵がかかっているようで開くことはない。…帰宅しているか否か。それはドアの先を見るまで分からない。素早く針金を取り出すと、鍵穴に刺して回す。数回繰り返せば、音を立てて鍵は解除された。


「…無事でいてくれ。」


ドアを開けると冷気が流れ込んできた。家主が部屋にいる証拠だ。…でも、それならば電話にも出れるはず。嫌な予感に靴を乱雑に放り投げて部屋の奥へと進む。


「七海!?」


リビングのドアを開ければ、愛しい彼女がうつ伏せで床に倒れているではないか。急いで近寄って仰向けにしてから、肩を揺らす。名前を呼んでも反応はないが、口元に耳を近づけてみると、規則的な呼吸音が聞こえてきて一安心した。なんだ、寝ているだけか。しかしこんなところで寝るほど疲れているとは。よれよれになったスーツ、テーブルの上に置かれた食べかけのコンビニ弁当…、碌な生活をしていなかった証拠だ。さしずめ、夏バテといったところだろう。連日の気候を考えると何ら不自然なところはない。


「七海、起きてください。こんなところで寝ては風邪を引いてしまいますよ。」


気持ちよく寝ているところを起こしてしまうのは心が痛むが、これ以上体調を崩されるよりはマシだ。二、三度揺すってやれば、七海は唸りながら片目を擦る。


「透…?なんで…?」
「あなたが電話にでないから心配になってきたんですよ。来てよかった…、体はつらくありませんか?」
「ごめんね、ありがとう…。頭はぼーっとしてる…。」
「おそらく夏バテでしょう。ちゃんと栄養を取らないと、このままでは倒れてしまう。」


背中を支えて七海の上体を起こさせる。支えなしでは再び床に倒れてしまいそうで、症状は重症だと感じざるを得なかった。生活を戻させなくては、夏バテが引き金となって大病を患ってしまうかもしれない。そんなことは絶対にさせない。恋人である自分が出来ることがないか必死で考える。


「ちゃんとお風呂入って寝るからもう大丈夫だよ。疲れているのに来てくれて本当にありがとう。」
「…信用ならないな。もう心臓が止まるような思いはしたくないです。」


あとは自分でやれるという七海はお世辞にも動けるとは思えない。心配をかけないように気丈にふるまうのは悪い癖だ。ならばそれをわかったうえで僕が管理してやればいいじゃないか。料理も洗濯も掃除もできる。望むならば寝るまでついてあげることもできる。自分以上に適任なものはいないし、ほかのやつにさせたくない。…決めた。


「七海がちゃんと生活できるようになるまで僕がここに住んでサポートします。全部僕に任せてください。ね?」


そう言うと、目をぱちくりしながら驚いた様子を見せる。押しに弱い彼女が僕の意見をはねのけることなど、到底無理な話。はい、とうなずいたのを見て、瞼にキスを落とした。

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