ひとさじいかが? | ナノ




Jimpei Matsuda


しばらくぶりに松田から連絡がきた。夕飯を食べに行っていいか、とのことだ。最近は忙しかったようで、お弁当を朝に取りに来ては一言二言話すだけですぐに出勤してしまっていたから、二つ返事でオーケーした。私自身、松田は親しみやすく、友達として好ましい存在だ。夕食を二人で取っていても常に途切れることなく話が続く。何を話してもちゃんと相槌を打って自分の見解を述べてくれるから、中々友人に話せない仕事の愚痴などもついつい話してしまっている。積もる話もあることだ、今日は存分に付き合ってもらおう。リクエストメールを見返しながら帰路についた。


「春巻き、か…。」


正直に言ってしまえば、平日の仕事帰りに買い物をして作るおかずではない。市販の物でなく、手作りで皮を買って野菜をくるむものだから手間が数倍かかるのだ。それなのに期待に応えたくなってしまうのは、松田がいつも美味しく食べてくれて感想を言ってくれるからだろう。作り手としてはそれが一番の喜びなのである。無造作にかごに放り込まれていく材料に面倒くささを感じていても、結局のところ手作りの姿勢は崩せないのだ。必要なものだけを買って家に帰ると、松田が来るまでに揚げる手前までは下準備しておくことに決めた。


「うーん…春巻きなんて滅多に作らないからうまく出来てるかな…。」


試作品1号を見ながら何度も首を捻った。見た目こそ売り物と同じようにできているのだが、味までは自信がない。具を作ったときに味見こそしたものの、油で揚げるとまた味が変わるのではないかと少し心配になった。作り慣れていないものは一度自分で試してから出したいものだ。しかし今日は試作をしている時間はなく、ぶっつけ本番。もう自分のセンスを信じるしかなかった。なるようになれと残りの具も全部包んでしまう。うまく出来ていれば明日の自分のお弁当に採用できると思い、いつもと同じように多めに作っておいた。下準備を終えて油の用意だけはしておいて、あとは中華スープでも作ろうと鍋を取り出す。卵とネギ、えのきで作る簡単なスープは手間もかからず美味しいから私の時短料理のレパートリーの一つだ。鶏ガラを入れた水を沸かして具材を切っていたら、いいところでインターフォンが鳴る。少しの間といえど火から目を離すことは火事につながるから、火を止めて来客を迎えに出た。


「はーい、どうぞ。」
「お邪魔しまーす。ほい、これ。」


松田を出迎えると、挨拶もそこそこに片手に携えたビニール袋を渡された。中身をのぞくと入っていた緑と黒の球体に思わず笑みが漏れる。


「え、スイカ?…ふふ。」
「?スイカがどうかしたのか?」
「この前降谷さんも持って来たんですよ。お揃いだな、って。」


お揃いという言葉に過敏に反応した松田はあからさまに嫌な顔をする。女同士のお揃いはいい意味に捉えられることの方が多いが、男だとあまり嬉しくないのだろう。特に、プレゼントが被ることは。


「まさか被るとは思わなかった…。しかも俺1玉持って来たけど食べ切れるか?」
「ちょっと多いかも…、あの、ダメでなければおすそ分けしてもいいですか?」
「ああ、いいぜ。余らせるよりはよっぽどいいからな。」


腹減ったといいながら、ネクタイを緩めながら靴を脱いで玄関に置いてあるスリッパに足を通して松田は部屋に上がった。くつろぐ松田を尻目にいただいたスイカを冷蔵庫にしまうと、作りかけの夕飯を仕上げようと再び火をかける。油を設定温度まで熱するには時間がかかるから、その間に使った皿やまな板は洗っておいた。片付けてから春巻きを油に投入して揚げていると、じゅわじゅわと美味しそうな音が空腹を加速させた。その音を聞きつけて松田が覗きに来たが、今日は味見はナシですよと言うとムッとする。子供じゃないんだから。あらかじめ準備していたこともあって完成までさほど時間もかからず、揚げたてをテーブルに並べる。松田もご飯やコップ、箸を並べてくれたおかげで二人一緒に食卓に座ることが出来た。


「やっぱスーパーとかの総菜とは違うな。うまい。」
「それはどうもありがとうございます。揚げたて補正だと思いますけどね。」
「いや、これはどう考えても七海ちゃんの料理スキルだろ。余ってたら明日の弁当に入れてほしい。」


一言褒められた後のおねだりはずるい。二つ返事でオーケーしてしまった。よっしゃと箸を握りながらガッツポーズを見ていると、降谷とはまた違った喜び方をするんだなとか変に比べてしまう自分がいた。松田といるはずなのに、この前の料亭での出来事から頭の片隅にいる降谷を考えてしまう。心ここにあらずの私に気づいたのか松田は箸を置いて人差し指で頬をかいた。


「…降谷となんかあった?」
「え?…この前食事に行きました。」
「…そうじゃなくて。これは降谷のことなんだけどあいつ1週間ぐらい前から妙に機嫌がいいんだよ。七海ちゃん関連だとアタリはつけてたんだけど。」


一週間前と言えばあの料亭に行った日だ。別れ際に挑戦的なセリフを吐かれたけれどまさかそれが関係しているのだろうか。確かに降谷は本性…、といえば人聞きが悪いが、固く繕った敬語を崩していた覚えがある。


「思い当たることがないわけではないですけど、それで降谷さんが機嫌がよくなるかは私にはわからないです。」
「聞いてもいいか?言いたくなかったら言わなくていいぜ。」
「別に隠す内容ではないので大丈夫ですよ。簡単に言えば降谷さんが私に自然体で接してくれる?みたいで。吹っ切れていたというか…すみません、うまく表現出来なくて。」
「十分伝わったよ。ふーん、降谷がねぇ…。」


流石に料亭での出来事全てを話すわけにいかないのですごく端折ってしまった。それでも松田にはしっかり伝わったようで、先ほどからご飯そっちのけで唸っている。私はいつもおかずを松田の食欲に持っていかれているから、今日こそはと春巻きに箸を伸ばして堪能する。ぱりぱりながらも中からとろりと春雨が出てくるのがたまらなく美味しい。


「七海ちゃんは降谷の素を見てどう思ったんだ?女からしたら堅物よりもスマートな王子様みたいな方がいいんじゃねぇの。」
「うーん、王子様は憧れますけど…、降谷さんは素の方が人間らしくていいと思いますけどね。」
「変わってるなぁ。実際、降谷の外見目当てで近づいてきた女は中身の人を寄せ付けなさに泣いてるぐらいなのに。」
「でも松田さんも降谷さんのそういうところが好きなんでしょう?」
「その言い方語弊ないか?まぁ気に入ってはいるな。」


そこまで言って満足したのか松田は再び箸を持って食べ始めた。降谷のことを私に相談するところを見るに、松田にとって降谷がどれほど大切なのかがわかる。意外と情に厚いと知れて一つの収穫となった。

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