ひとさじいかが? | ナノ




Shinichi Kudo & Subaru Okiya


この間のクッキーのお礼だと言って、工藤邸での食事に招待された私は、仕事帰りに伺うことにした。大きな門扉を開けて、玄関のチャイムを押すと制服姿の工藤が顔を出す。


「いらっしゃい水野さん。お待ちしてました。」
「お招きありがとう工藤くん。」


私の姿を確認してドアを開ききった工藤は、どうぞと入るように促した。おじゃましますと一言言って工藤邸へ足を踏み入れる。前回は玄関先に上がった後、降谷に引っ張られるまま帰ってしまったため、伺うのは初めてと言ってもいい。それに、いい歳をした女が男子高校生に招かれるままご家族と食事なんてどんな顔をされるのだろう。緊張しつつも、手土産に持ってきたシフォンケーキの入った袋を工藤に渡した。


「うまそー…でもワンホールってすごいですね。」
「もしかしてご家族甘いもの苦手だった…?」
「いえ、両親は海外を飛び回ってるんで家にいないんですよ。今日は俺と同居人の3人で食事するつもりで誘ったんで、そんなに緊張しなくていいですよ。」
「そうだったんだ…安心した。ご家族に何言われるかと思ってた。」
「まぁ実際に親父たちがいても喜んで迎えそうですけど。」


立ち話も何なので、と中に通されてリビングに着くと、もうテーブルには食器と料理がいくつか並べられていた。着く前に連絡していたとはいえ準備がいい。工藤の同居人とやらは料理上手なようだ。荷物を置いて手伝うと告げると、キッチンまで案内される。それにしてもここは本当に一般人宅なのだろうか。リビングまでにドアがいくつも見えたし階段もあった。普通の収入で住める家ではない。例に漏れずキッチンも広々としており、レストランの厨房を想像させるようなものだ。食器棚には色とりどり大小さまざまな食器が並べられており、ワイングラスもいくつもある。辺りを見渡していると、いつの間にかキッチンの入り口に鍋を持った男性が立っていた。


「おや、もういらしてたんですか。どうも、はじめまして…ではありませんね。」
「お邪魔してます。あなた前に公園で…。」
「覚えていただけていたとは光栄です。」
「覚えますよ。そりゃ初対面で犬扱いされたんですから!」


詳しくは覚えていないが、以前公園で"飼い犬"がどうこう言っていたのは覚えている。それを聞いた男性は、ああ、と身に覚えがあるようで閉じられた目を薄く開くとにやりと笑った。そしてガス台に鍋を置いて鍋掴みを片方はずし、慣れた手つきで火をつける。


「そういう意味で言ったんじゃないんですがね。」
「どういう意味ですか。」
「秘密です。どうやらまだ飼い犬ではなかったようですし。」


よくわからない人だ。口を動かしながらも、手を動かしてディナーの準備を進めている。その姿を見て、本来の目的であった手伝いを思い出した。


「何か手伝うことはありますか?ええと…。」


声をかけたはいいものの、私はこの男性の名を知らない。言い淀んでいると、彼の方から沖矢ですと簡単な自己紹介を受けた。沖矢、沖矢…。確か降谷が毛嫌いしている男の名だ。なるほど、冷静な降谷が公園で沖矢に会った時急に喧嘩腰になったのはそういうことだったのか。ようやくつながった事実に一人で納得するのと同時に、降谷にあそこまで嫌われるなんて何をしたのかまた一つ疑問がうまれた。


「ならばサラダの用意をお願いしてもいいでしょうか。煮込み料理は得意なんですがそれ以外はダメで。」
「…むしろサラダなんて切ってちぎって盛り付けるだけでは…?」
「まあそう言わずに。材料はそこにありますから。」


指をさされた先にはレタスやトマトが無造作に置かれていた。サラダに関係のないねぎなんかも出されている。使う分だけ冷蔵庫から出さないと傷んでしまう。サラダ用の食材以外を腕に抱えて冷蔵庫に向かい、野菜室を開けると丁寧にしまっていく。水道で手を洗うついでにレタスなども濯いで水を切る。乾燥機に入れてある包丁と立てかけられたまな板を取り出すと胡瓜を手際よく切っていった。


「ほー…慣れてますね。」
「一人暮らししてるので料理はそこそこ。ボウルやザルってどこですか?」
「それなら確か上の棚に…失礼します。」


私に覆いかぶさるように真上にある棚の扉を開けて沖矢はボウルを取り出した。近い。というか一部は完全に密着状態だ。言ってくれれば体をずらすというのに。羞恥に耐えながら体が離れるのを待っていると、ふわりと香ってきたのは覚えのある煙草の香りだった。確かにこの香りどこかで嗅いだ気がするのだが思い出せない。頭を巡らせている途中で体が離れたので恨めしそうな顔で見つめると、首をかしげて取れましたよとボウルを渡された。無自覚でやってのけるとはこの男はなかなか侮れない。


「そのサイズで問題なかったですか?」
「…サイズは問題ありません。」
「おや、ほかに何か問題が?」


沖矢は顎に手を当てて恍ける仕草を見せる。前言撤回、無自覚じゃないなこの男。


「こちらはもう温め終わりましたがそちらは?」
「後は盛り付けるだけです。」
「ではこちらも盛り付けますね。ボウヤも待ちくたびれているだろう。」


食器棚から各々適した皿を取り出すと、盛り付けを終えていく。3人分のお皿をおぼんに乗せると沖矢が持ってリビングへと歩き出した。そのあとをドレッシングを持ってついてゆく。手がふさがっている沖矢に変わりリビングのドアを開けると、工藤は椅子に座って本を読んでいた。


「工藤くん出来たよ。」
「うまそう!でも昴さん、煮込み料理以外も練習してくれよー…。」
「ボウヤは夕飯はなしでいいな?」
「すいませんって昴さん。」


二人の会話を耳にはさみながら皿を並べていく。並べ終わると、どこからかワインボトルを持ってきた沖矢の姿が目に入る。


「水野さん、ワインは飲めますか?」


首を縦に振ると、沖矢は二つのグラスにワインを注ぐ。ワインを注ぐ姿はなかなか様になっていて、椅子に座ってその様子を見守った。未成年である工藤は退屈そうに眺めており、グラスにはミネラルウォーターがすでに注がれている。大人っぽく見えても未成年は未成年。飲めるようになる日が楽しみである。沖矢が席に着いて私たちの晩餐が始まった。

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