ひとさじいかが? | ナノ




Rei Furuya


「お邪魔します。」
「お邪魔されます…。」


今日もいい笑顔を浮かべた降谷がビニール袋を片手にやってきた。あの日から、週に1回、多い時で3回ほど晩御飯を食べに来るようになった。初めは友達が出来たと嬉しかった私も、さすがに頻度が多すぎるので、うちはレストランじゃないと言ったら、次からこのように食材を持ってきて、メニューをリクエストするようになった。いや、そうじゃなくて。断ろうにも無言の圧力というか、何か断れないオーラが降谷から発せられている。イケメンって怖い。


「今日は生姜焼きでお願いします。もちろんみそ汁付きで。」
「はいはいわかりましたよー。」


それだけ言ってソファに座り込んだ降谷はスマホをいじりだした。降谷は毎回皿洗いはしてくれるものの、一度も作るのを手伝ってくれたことはない。彼曰く、出来上がるのを待つのが楽しいらしい。立派な亭主関白ですねと言った嫌味は交わされたけど。ビニール袋に入っていたのは国産牛で、普段私が手に取ることもできないような高い肉。降谷はいつも国産で品質のいいものを買ってくる。美味しいものが食べられるのは私としてもラッキーなのだが、そう変わらない歳であることを想像し、どんな仕事をしているのかますます気になってしまう。私の給料でこの生活水準を保てるようになる日は多分来ない。


「降谷さん、みそ汁は大根か白菜どちらがいいですかー。」
「大根ー。」
「わかりましたー。」


少し離れたキッチンから会話をするとちょっと間延びになるのが楽しかったりする。冷蔵庫から取り出した大根を短冊に切って、出汁の入った水に放り込むと火にかける。降谷は和食が好きなのか、大体リクエストするものは和食だ。和食じゃなくてもみそ汁は毎回メニューに入れられていた。以前ハンバーグをリクエストされたときにコーンスープを出したら、みそ汁がいいと言われ拗ねられたことがある。俺のためにみそ汁を作ってくれないか、とか言って口説いてたりして。くだらないことを考えていたらいつの間にか隣にいた降谷にわき腹をつままれた。


「なにするんですか、セクハラですよ。」
「にやにやしてるからつい。どうせくだらないことを考えてたんでしょうね。」
「…邪魔者は座って待っててください。」


キッチンから降谷を追い出すと最後の仕上げに生姜醤油のたれに付け込んで焼いた。ソファはキッチンに背を向けて座れるようにおいてあるのに、後頭部に第三の目でもついてるんじゃないかとついつい凝視してしまう。凝視しつつも皿に盛り付けを終えて運ぶと、箸やコップなどはすでに準備してあった。


「あれ、いつの間に。」
「さっきキッチンに入ったときに出しました。温かいうちに食べたかったので。」
「あくまで自分主体なんですね…。まぁいいや、食べましょ。」


いただきますと手を合わせると箸を取った。最初の出会い以外は食事中も話をするようになった。話題と言うと大体私の話になる。というより降谷はあまり自分の話をしない。さりげなく話を振っても流されていつの間にか私の話になっているのだ。


「前から聞こうと思ってたんですけど、後で連絡先教えてもらっていいですか?」
「いいけど、なんで突然?」
「これからは家に行く前に連絡しようと思って。彼氏はいないと思うけどもし男連れ込んでるところにばったり、なんてことがあったら申し訳ないですし。」
「サラッとひどいこと言うな。…あと、これからも来るんだね…。」
「七海に彼氏ができないうちは。」


それだけ言うと降谷は食事に戻る。降谷が家に来るようになってからますます彼氏ができる可能性が低くなったというのに。友達としてこうして一緒にご飯を食べるのを楽しんでいる私もいるのも事実だが。ただ、先に連絡してもらえるのはありがたい。1人の時は買い物をして帰る必要があるからだ。


「降谷さんは彼女いないんですか?」
「いたらここへは通ってないですよ。」
「あー確かに。」


このイケメンに彼女がいないのもまた不思議な話である。そんなことを考えながら生姜焼きに箸を伸ばすと、私の皿から一枚さらわれていった。さらわれた肉を追うと、降谷の口の中に吸い込まれていく。


「それ私の!」
「手が止まってたからいらないのかと思いまして。」
「返せ!」
「あー残念ですもうこちらにはないので。」


空になった皿を指さすとごちそうさまでしたと手を合わせている。最後に食べようと大事に取っておいたのに。大人げないことをしてくれたものだ。デザートのプリンにわさびを添えてやる。私も食べ終わり箸をおくと、降谷がスマホを見せてきた。こちらもポケットから取り出すと、降谷は私の手からスマホを取り、カチカチと数回動かした後返してきた。アドレス帳を確認すると"降谷"という文字が刻まれていた。


「名字だけ、なんだね。」
「名前はもう少し仲良くなってから教えますよ。秘密が多いほうがおもしろいでしょう?」


肘をついて両手を頬に添えた降谷は怪しく笑っていた。秘密が多いのは女の特権じゃかったか。呆れながらスマホを再びポケットにしまおうとすると電源ボタンを押してしまったのか、ディスプレイが光った。そういえば、スマホを取られたとき私はまだ電源は入れていなかった。もし操作しようとするならばパスコードを入れないといけないはず。だとすると彼は私のパスワードを当てたということになる。


「ねぇ、なんでパスワードわかったの?それは秘密っていうのナシね。」


さきに牽制しておくと降谷はやれやれと言って、壁に掛けてあったカレンダーを指さした。


「大体スマホみたいな四桁のパスワードは誕生日にしてる人が多いんです。以前お邪魔したときにカレンダーを見たら、あなた自分の誕生日に丸つけてたからすぐにわかりましたよ。」
「…察しがよすぎないですか。」
「推理するのは得意なんです、知り合いに探偵も多いので。」
「へぇ、探偵の知り合い…毛利小五郎とか?」


超有名人の名前を口にすると、降谷は笑っただけで皿を洗ってきますねとキッチンのほうに消えていった。相変わらず自分の身辺については話そうとしない。こうなったら秘密を全部暴いてやるぞと意気込んで片づけを手伝う。片づけが終わるといつものように帰ろうとする降谷の腹をつまんでやろうと手を伸ばすが、触れる前に手首をつかまれてしまった。


「甘いですね。」
「…そっちの反応が早すぎるんですー…。」


おやすみなさいと閉められた扉に鍵をかけて風呂へ向かい、ベッドに滑り込んで気が付くと朝日が昇っていた。

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