ひとさじいかが? | ナノ




Jimpei Matsuda


松田は煙草の香りのついたジャケットを着てくるのに、うちでは一切吸わない。といってもうちに灰皿はおいてないから、携帯灰皿を持ってないと吸えないけれど。煙草の箱すら取り出さないところを見ると、自制している部分があるのだろう。キッチンに入り、松田が買ってきてくれた鶏もも肉を取り出して下ごしらえを始める。今日はからあげ。松田のリクエストはいつも子供が喜びそうなおかずばかりだ。一口大に切り分けて唐揚げ粉を満遍なくつける。1人だったら買ってしまうところだが、リクエストされればついつい作ってしまうもの。買い物袋にはそれとは別に箸が一膳入っていた。松田用の箸として丁重に保管させていただこう。黙々と調理するのも味気ないので待っている松田に話しかける。


「松田さんって煙草吸う人ですよね。それも結構な量。」
「あー…やっぱ臭うか?」


すんすんと自分のシャツの袖を嗅ぐ松田だが、吸っている本人には言わないとなかなか気づかないようだ。消臭剤あるか、と聞いてきたので、そのままでいいと伝えた。煮え切らない様子の松田は頬杖をついて話しかけてくる。


「七海ちゃん煙草嫌なんじゃねぇの。」
「好きではないですけど松田さんが配慮してくれてるのわかってるので。」
「…そーかよ。」
「あ、照れてます?」
「うるせ、腹減った。」


はいはい、今すぐ作りますよ。そっぽを向いているものの、赤くなった耳を隠せてない松田の後ろ姿をずっと見ていたいが、揚げなければならない。温まった油の温度を確認してから肉を軽く丸めてからそっと入れていく。油が跳ねるいい音が食欲をそそるから、揚げ物はついつい食べ過ぎてしまう。時間がかかるので松田に手伝ってもらいつつ、二度揚げを済ませてから味見をしてもらった。グッドサインが出たので、大皿に盛り付ける。松田との食事は質より量、降谷と食べるときより各段に量がいる。今日も盛り上げられた唐揚げはシュークリームタワーの様。いただきますを済ませてから二人とも唐揚げを口いっぱいほおばった。


「それにしてもすげぇ量だな。」
「松田さんお肉たくさん買ってくるんだもん。残すより作っちゃって明日のお弁当のおかずにしようかなと思いまして。」
「弁当か、いいなそれ。俺の分も作って持ってきてくれよ。」
「流石に厳しいですよ。一応わたしもOLですから。」


とは言ったものの、弁当を作るのに1個も2個もそう変わらない。晩のうちに出来上がってるおかずを詰めていくだけなのだから。問題なのは松田が働いている場所をわたしが知らないこと。昼休憩中にわざわざどこかに集まって、というのもおかしな話だ。職場が離れていては届けるだけで休憩が終わってしまうかもしれない。


「じゃあ出勤前に俺がここまで取りに来るっていうのは?」
「それなら…でも朝そんな時間あります?どこかで食べたほうが楽じゃないですか?」
「買ったもんよりこっちのほうがうまいだろ。」
「なんでそういうことさらっと言っちゃうかなぁ…。」
「…俺なんか変なこと言ったか?」


食べながら話している松田は自分が何を言ったか自覚がないとみえる。無意識の殺し文句ほど心には刺さるものだ。


「嬉しかったんで作ってほしい時言ってください。」
「じゃあ明日。」


今日唐揚げなのに明日の昼も唐揚げでいいのか。どうせなら別の日にしたらいいのに。無理な話ではないので承諾すると、出勤前に着くように来るからついでに会社まで送ってもらう約束になった。…私のほうが得をしているような気がする。頂点のなくなって平坦になった唐揚げタワーを眺めながら、明日のお弁当の副菜を考えていた。

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