ひとさじいかが? | ナノ




Rei Furuya


激務の金曜日を終えてめぐってきた土曜日。今日は天気がよく、外に出かけるのも悪くない。いつもより遅めの朝ごはんを食べてから、メイクをして着替えた。財布とスマホをバッグに突っ込んで、靴を履いてから家の鍵を閉める。どこに出かけようかとエレベーターを待ちながら考えていると、スマホが振動した。エレベーターが来たのであとで見ればいいやと放置していると、振動が止まないスマホに電話だと気づく。留守録に切り替わったので乗りながら慌てて電話を取った。


「もしもし、水野です。」
「おはよう、降谷です。今日一緒にどこか出かけませんか?」
「おはようございます降谷さん。今から出かけようと思って、丁度外に出ようとしていたところです。」


1階に着いてエレベーターから降り、耳に当てながら歩き出す。


「それはよかった。マンションの下でお待ちしています。」
「え。」


エントランスを抜けて、出入り口のドアまで来たところで通話は切られた。思わず通話終了画面のスマホに視線を落とした。それにしても、マンションの下で待っているとは本当だろうか。降谷の性格からいって冗談だとは思えない。待たせるのは悪いと思い、急いでドアを開けるとそこにはラフな格好の降谷が立っていた。


「ナイスタイミング、ですね。」
「…降谷さん私の家に盗聴器とかつけてないよね…。」
「まさか。以前お邪魔したときにみたカレンダーに今日の予定は書かれてなかったし、いい天気。あなたなら出かけると思ってね。」
「察しがいいですね。よすぎて怖い。」


とりあえず乗ってくださいと降谷は愛車の助手席のドアを開くと、私の手を引いて座席へとリードした。降谷も運転席に乗るとエンジンをかける。日の当たる場所に駐車してあり、車内は少し熱がこもっていた。降谷は冷房の温度を少し下げる。直接風が当たらないように風向きを変えてくれる配慮にありがとうと述べると、なんのことですかとお道化て見せる。


「七海はどこへ出かける予定だったんです?」
「考えてる途中で降谷さんから電話が。だからとくには決めてないよ。」
「それはすみませんでした。それなら喫茶店にでも行きませんか?」
「喫茶店?うん、いいよ。」
「じゃあ決まりですね。」


行きつけの喫茶店があるのか、降谷は慣れた道を通るように車を走らせた。以前言っていたバイトをしていた喫茶店だろうか。エプロン姿でコーヒーを淹れる降谷の姿を想像するとなかなか様になっている。想像だけなら許されると思い、執事服を着せてみるとこれがまた似合う。


「七海今絶対変なこと考えてたでしょう。」
「そんなことないよ…似合うなって。」
「何が?」
「内緒。」


バックミラー越しの降谷の目が、当ててやろうと伝わってくるが、さすがに当たらないだろう。他愛のない会話をその後も繰り返していたら車は止まりエンジン音も消えた。助手席から降りると喫茶店、そしてそのビルの二階にでかでかと毛利探偵事務所の文字があった。ここが名探偵毛利小五郎の探偵事務所…!目を輝かせながら見ていると、降谷に今日はこっちと喫茶店のほうに手を引っ張られた。ドアベルが鳴ると気づいた店員さんがいらっしゃいませと声をかけてくる。


「梓さん久しぶりですね。」
「安室さんお久しぶりです。…彼女さんですか!?」
「…違うよ、適当に座ってもいいですか?」


もちろん、とさっきの私とはまた違った目を輝かせるかわいらしい女性は、何かを勘違いしているようだ。彼女の視線を追えば、降谷に引かれた手は繋がれたままでこれを見て勘違いしたのだと悟った。降谷も気づいたようで、どちらからともなく手を離す。それにしても安室とは誰だろうか。私の隣にいるこの男性は確かに降谷と名乗った。友人の松田も降谷と呼んでいた。詳しいことは後で聞こう、…話してくれる可能性は薄いが。降谷に奥の席に案内されたのでそこに座る。席に座ったタイミングでお冷を持ってきてくれた店員さんに降谷はコーヒーを注文する。私も同じようにコーヒーを頼んだ。


「あの、降谷さん。」
「言いたいことはわかります、ただここでは安室と呼んでくれると助かります。」
「…わかりました、安室さんですね。」
「後で口裏合わせのお礼はいたしますので。」
「やだなぁ、そんなそんな…回らないお寿司でお願いします。」
「…なかなか言うね。いいですよ。」


苦笑いしながらも承諾した降谷にガッツポーズを見せる。ちょうどコーヒーを持ってきてくれた店員さんに見られ恥ずかしくなった。店員さんは笑いながら、お待たせしましたと言ってコーヒーカップと砂糖とミルクを置いてくれる。いい香り。砂糖を入れてスプーンでくるくるとかき混ぜる。カップを口元に近づけて香りを楽しんでから飲んだ。


「おいしい。うちで淹れるのとは全然違う。」
「そうでしょう?働いていた時はよく飲んでました。」
「いいなぁ、この香りの中で働けたら幸せそう。」


学生時代は本屋でアルバイトをしていた私にとって、おしゃれな喫茶店で働いていた経験は純粋にうらやましかった。美味しいコーヒーを飲んでいるとさっき食べてきたばかりなのに軽食が欲しくなってくるから不思議だ。メニューを見るとパスタ、サンドイッチ、ケーキと食欲をそそる文字が並んでいる。それを見ていた降谷は軽食を頼むか聞いてきたが、もう少し後でと返した。それから会話を楽しんでいると店員さんがどういう関係か再三聞いてきたが、友達と説明しても黄色い歓声を上げるばかりだ。場は盛り上がっていて、ほかの客が来ていることに気づかなった。


「こんにちはーって…安室さん?そちらの女性は?」


どこかで見たことあるような青年がドアを開けてこちらを見ている。どうやら降谷の知り合いらしい。店員さんは慌てていらっしゃいませと席を案内するが、青年は私たちの隣に座った。


「…工藤くんか。彼女は友人だよ、まだ…ね。」
「へぇ、降谷さんの友人かぁ…。よろしく、工藤新一っていいます。」


思い出した、高校生探偵。それにしても皆、私たちの関係に興味を持ちすぎではないだろうか。

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