ひとさじいかが? | ナノ




Jimpei Matsuda & Kenji Hagiwara


「まさかそっちから連絡くれて連チャンとは思わなかったぜ。」
「七海ちゃんこんばんはー、お誘いありがとう。」
「いらっしゃい松田さん萩原さん!」


今日二人を呼んだのには理由がある。それは冷蔵庫に眠る半分の緑と黒の球体。一昨日松田からもらったスイカを食べ切ってもらうためだ。夕方、何個かのくし形に分けてポアロに向かい、蘭と梓それぞれ1カットを渡し、その帰りに工藤邸に寄って沖矢にも渡してきた。女子組二人はとても喜んでくれたが、沖矢はスイカを見て首を捻る。もしかして苦手だったか。不思議に思って聞くと、この量を一人で食べるのは手に余るから何か工夫できないか考えているところだったらしい。それならばと、沖矢はそれなりに酒を飲むと判断した私はスイカを使ったモヒートを提案した。沖矢は飲み物にする発想はなかったらしい。感心したように顎に手を当ててつぶやくと、早速だから飲んでいかないかと誘ってくれた。しかし松田と萩原の二人を呼び出した手前それはできず断り、簡単な作り方のメモだけその場で書いて手渡した。その帰り道に連絡を入れていた降谷からも返事が来たが、どうやら仕事が忙しいらしくしばらくは来られないと残念なものだった。…というのが二人が来るまでの今日の出来事である。


「今日は飲み会って聞いたから楽しみに来たけど、俺らお酒買ってこなくてよかった?」
「ええ、買ってあるから大丈夫ですよ。おつまみも作ってあるんで何も心配なさらず。」


キッチンを覗きに来た二人に冷蔵庫から取り出したタッパーの中身を開いて見せた。何種類かあるそれを眺めて伸ばそうとした手が届かないように体を翻して皿に並べる。二人は何やら文句を言っていたが、手を洗ってきてくださいと言うとしぶしぶ洗面所へ向かった。その間に飲みの準備を進める。おつまみの類が終わったら冷蔵庫から冷えたグラスと種を取ってブロック状に切っておいたスイカを取り出す。沖矢に教えたのと同じスイカのモヒートを作るためだ。ミキサーでペースト状にしたスイカとガムシロップとライムジュースをグラスに注ぎ、氷を入れたらラムを少し。ミントを飾ったら出来上がりなお手軽夏のカクテル。見た目も申し分ない。手を洗って戻ってきていた二人の前にグラスを並べると、おお、と感嘆の声をあげた。


「スイカのカクテルか。初めて見た。」
「松田さんから頂いたスイカで作りました。自信作です。」
「こんな食い方もあるんだな。乾杯しようぜ。」


松田の声に三人グラスをぶつけて乾杯した。ミントが効いていてとても美味しい。二人も気に入ってくれたようで、早くもグラスの半分がなくなっていた。流石にすべてをカクテルで飲みきることはできないから、残った分のスイカはフルーツポンチにしたり一口サイズに切ってデザートとしてテーブルに並んでいる。各々思い思いのおかずを取り分けて食べながら酒は進んでいく。


「そういえば降谷は誘わなかったんだ?それとも仕事?」


唐突に話を振ってきた萩原の話にぴくりと体が反応して食べていた白玉が器に落ちる。落下によって跳ねたソーダが手に一粒乗った。


「あー…、連絡したんですけど忙しいと。」
「まぁ俺達とはちょっと違うからな…。そのうちまたゆっくり飲んだりできればいいんだが。」


二人が目を合わせながら会話しているのを見て、最近会えていないのだと悟った。そして口ぶりから二人は同じ仕事のようだが、降谷は違う仕事をしているのだと気が付く。そういえば降谷だけでなく、二人も何の仕事をしているかまだ知らない。


「お二人は何の仕事をされてるんです?」
「あ、気になる?」
「ええ。よく食事中に松田さんには私の仕事の愚痴はするんですけど、松田さんの仕事のことは聞いたことなかったなと思って。萩原さんも同じ仕事、なんですよね?」
「確かにそうだな。でも俺の仕事内容は口外できるものじゃないから許してくれよ。」
「折角だからクイズにしよう。七海ちゃんが思いつく職業当ててみて。」


にやりと笑った萩原は顔の横に3本指を立てる。どうやらチャンスは三回までのようだ。普通の会社員ではなさそうなのだけれど、でもこれといって決め打ちするような職業も思いつかない。首を捻っていると松田が間違えるごとにヒントを一つずつ出すと言ってくれた。ならば最初は当てずっぽうでもいいかと思えてくる。


「うーん…、一応確認ということで…会社員。」
「ぶっぶー。」
「ヒントその一、資格のいる仕事。」


二人は机にひじを付きながら笑っている。どんなクイズであれ外れると悔しいもの。そしてやはり会社員ではなかった。資格のいる仕事となると二人に有力なのはやはり…公務員。私の知っている公務員で言えば教員、警察、消防、あとは医師などだけど、正直どれも当てはまりそうである。


「教員、とか…。」
「違うねぇ。教員か、降谷だったら向いてそうだけど俺らはなぁー…特に松田!」
「うるせー、お前は女子高生と戯れてろ。」
「うお、それいいな!最高じゃん!」
「単純ですねぇ。」


いくつになっても女子高生とはいいものなのかとちょっと呆れつつ、最後のチャンスのために松田にヒントを求めた。


「ヒント二、俺らの仕事は人を救う仕事。」
「人を救う…、警察官…。」


気が付いたら自然に警察官と発していた。そんな私を見て、二人が満足そうに微笑んだから恐らく正解なのだろう。警察官の特徴的な青い制服を思い浮かべるとすごくしっくりた。警察官のイメージとして厳つい体格の大きい人を想像してしまうから、さっきは無意識に選択肢から外してしまっていた。だってこんなにかっこいい警察官を見たことがないもの。


「意外だった?」
「体格的に…?でも言ってからお二人にぴったりの職業だなって…。」
「まぁ確かにゴリゴリのマッチョの方が多いな。これでも俺らだって鍛えてる方だぜ。見るか?」
「松田酔ってる酔ってる、セクハラー。」


ズボンに入れていたシャツを引っ張り出して捲ろうとしてくる酔った松田をうまく萩原が止めてくれたから助かった。話しながらもビールの缶を開けたりモヒートのお代わりを要求していたからいつの間にか相当酔っていたのか。一応グラスに水を入れて松田の傍に置いておく。


「でも警察官って体力的に大変そうですね。」
「慣れだよ慣れ。忙しいけどやりがいはやっぱり大きいぜ。」
「やりたくて選んだ仕事だからね。七海ちゃんが仕事選んだ時と多分変わらないよ。俺たちにとってはこれがベストだった。」
「…そう、ですね。誇りを持っててかっこいいです。」
「おーおー、褒めても何も出ないぞ。」


嬉しそうに私の頭を両側から撫でる二人によって髪がぐしゃぐしゃになる。二人のこの手によって国民や私が守られていると考えると、私みたいな平凡な人間がこんなすごい人達と知り合いだなんて恐れ多いと思ってしまった。多分それは、輝かしい二人に比べて劣等感を感じてしまう自分がいるからだ。私は、今の仕事に誇りを持っていない。ぐっと奥歯を噛みしめていると、急に松田が声をあげる。


「スイカってさ、昔種を飛ばしたりして遊ばなかったか?」
「やったやった!懐かしいなー、七海ちゃんは女の子だからやらないか!」
「え、あ、はい。」


全く違う話題にすり替えられたことに私は安堵する。酔ったからではなく、それが松田の思いやりであることに私はその時気づかなかった。そして、それに合わせた萩原が浮かない顔をしていたことも。

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