ひとさじいかが? | ナノ




Shinichi Kudo & Subaru Okiya


「水野さん顔真っ赤ですが大丈夫ですか?水用意しましょうか。」
「えー?大丈夫だよ、ワイン美味しくてついつい料理進んじゃう。」


工藤の言葉も聞かずにグラスに残っていたワインを口に含む。濃い葡萄の香りが広がるとともに、瞼が徐々に落ちてくる。酒は強いほうだし、全く問題ない、はず。眠気が時々襲うものの、工藤と沖矢の話に耳を傾けるのはとても楽しい。特に工藤の解決した事件の話を聞くのは、自分が実際体験しているような感じがして格別だ。気をよくしたのか工藤も次々と話してくれるから話題が絶えない。しかし、先ほどから工藤も沖矢もやけに心配そうに見つめてくる。


「沖矢さんもしかして水野さんワイン慣れてないんじゃ…。」
「いや、それはないでしょう。最初の一口を香りを楽しむように飲んでいたところを見る限り、それ相応の知識を持っているようですが。」
「でも真っ赤ですよ。」
「体質かもしれませんね。とはいえ、水は用意したほうがよさそうだ。僕が用意するからボウヤはそこで見ていてくれ。」


沖矢はキッチンへ向かおうと席を立つ。


「沖矢さんどこいくんですかぁ、まだ飲むでしょう?」
「…はぁ、水野さん手、」


ワイングラスを片手に、沖矢の行く手を阻むようにシャツの裾をつかんだ。沖矢は一瞬驚いたように目を開ける。翡翠の吸い込まれてしまいそうな瞳はすぐに閉じられて、意味ありげに笑った。


「放していただけますか。安心してください、すぐに戻ってきますので。」


そう言って沖矢はシャツをつかむ私の手を緩く取って、手の甲に口づける。工藤は思わず、うわ、と声を上げた。お嬢様とは無縁の生活を送っていただけあって、手の甲にキスなど経験がない。普段なら飛びのくところだが、アルコールが入っていることもあり、片膝をついた沖矢をとろんとした目で見つめてしまう。その様子を見ていた工藤はため息を吐いて、腕を組みながら私たちの方を見ている。


「あーあ、知らねーぞ。降谷さんに何言われるか…。」
「恋人同士でないなら問題ないだろう?彼女も満更でもなさそうだ。ただ、酔いはかなり酷いようだから至急水を取ってくる。お嬢様の相手は頼んだぞ。」


手をゆっくりと離されて、再び掴もうとした時には手は空を切った。沖矢は速足でリビングを去っていく。行き場を失った手を引っ込めると、片手にあるワイングラスを口元に近づけようとする。グラスに唇が触れたところで、工藤の手によってグラスの傾きが戻されてしまった。私としてはいい気分なのにそれは思わしくない。力の入らない目で工藤を睨む。


「ダメだよ水野さん。飲むのは禁止。」
「だって、」
「帰れなくなりますよ。別に俺としては構いませんけど男と一夜、この意味ぐらい分かりますよね?」


別に工藤達なら、という言葉を出そうとして引っ込めた。いくら気を許した相手だろうと、男女ならば何が起こるかはわからないことは社会人になってから実感した。もちろん、私の体験談ではないが。よくよく考えると、降谷達は私が困らないように食後は足早に帰っていくことが多かった。気づかぬところで気を遣ってくれていたのだ。考えていたら急に酔いが醒めて、揺れていた視界にピントが合った。


「…ごめん工藤くん。正気に戻った。」
「それはよかったです。あ、沖矢さんも戻ってきた。」
「おや、落ち着いたようですね。水、持ってきましたよ。」


コップに入った水を差し出されたので受け取って飲む。冷えた水がのどを通る。


「ありがとうございます。知らず知らずのうちに酔ってたみたいで迷惑かけました。特に沖矢さん…。」
「いえ、こちらは面白いものを見せてもらいましたから。」
「え?」
「手の甲を取ったときのあなたの顔が艶やかだったもので。」
「沖矢さん!」


最悪だ。あまり覚えてないが、私はどんな表情をしていたのだろうか。あの時はただただ瞼が降りてくる感覚だけがあった。しかし、そんなに情熱的に沖矢のことを見つめていたとは思えない。工藤の肩を掴んで揺らしながら、私の様子について尋ねるが、彼は明後日の方向を向いている。


「まぁまぁ。折角だし水野さんが焼いてくれたケーキをデザート食べませんか?俺が用意してくるので、お二人は楽しんで。」
「見捨てないで!」
「その言い方では私といるのがよっぽど嫌なようですね。残念。」
「そういう意味ではなくて…!」


酔っているときのように顔を真っ赤にして否定するも、沖矢を上機嫌にさせるだけ。完全におもちゃにされている。


「沖矢さん、今度何かお詫びさせてください…。私の中で何か色々申し訳なく思っていて…。」
「そうですね…、ではまたここへ遊びにいらしてください。」
「それならばぜひ、本日はとても楽しかったので。」
「次は工藤くんはいないかもしれませんよ?」
「別に構いませんよ?」


普段家で降谷達と食事をしている私にとって、場所が変わるだけで何ら変わりのないことだ。提案してきたのは沖矢の方だと言うのに、ちょっと考えさせてくださいと濁らせ始める。やっぱり私と二人での食事はつまらなかったのだろうか。お菓子でも作って持って行った方が喜ばれるかもしれない。


「沖矢さん、お菓子は好きですか?」
「ああ、あまり甘いものは好みませんが食べますよ。」
「それならよかった。食事はあまり気が進まないようなら今度お礼として作ってきますのでリクエストをください。」


「…それならバニラアイス、がいいです。」


少し間を置いてから答えた沖矢は薄目をあけて微笑んだ。その姿に誰かの面影が重なる気がした。

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