Rei Furuya 今日は夏祭り。河原沿いの道には露店が並び、空が暗くなると花火も上がるほど大規模なものだ。同じマンションに住む子供たちは日が沈む頃になると皆、色とりどりの浴衣を着飾って出かけていった。その様子をベランダから眺めるのがわたしなりの楽しみ方となっている。…つまるところ、一緒に行く人が数年おらず、今年も1人ということだ。1人で祭りに行って楽しい人もいるだろうが、私にそんな勇気はなかった。だから、今年も缶ビールを買い、ベランダから花火を見て一人酒をしようと思っていた。日が沈んだのを見届けてからおつまみを作っていた時、スマホにかかってきた一本の電話が今年の私の運命を変えることとなった。 「もうすぐ始まりそうですよ。」 「20時30分か。降谷さん虫よけスプレーちゃんとした?」 「ええ、借りましたよ。椅子も机もセットして食べ物並べて置いたんで、飲み物だけお願いします。」 「はいはーい。」 電話をかけてきたのは降谷だった。降谷は通話が繋がるなり、今から家に行くとだけ簡潔に言って電話を切った。私がもしもし、という時間すら与えられなかったその電話は、果たして電話というのか疑問に思ったぐらいだ。電話とは会話をするためのもののはずなのに、一方的に用件を言って切るのでは、メールで十分だろう。…という愚痴はさておき。1人の寂しい祭りが、2人の楽しい祭りに変わったのは少しだけ嬉しかった。 冷蔵庫から取り出したビールの缶を二本持って、ベランダで待つ降谷の元まで小走りで行く。降谷に渡すと、テーブルをはさんで椅子に座った。降谷が持参したキャンプ用と思われる椅子は、ベランダの手すりに肘をのせるのにちょうどいい高さだ。プルタブを引くと炭酸の弾ける音がして泡が飛び出す。その弾ける音に合わせて、空に一本の線が引かれたと思うと、激しい音と共に光が飛び散った。 「乾杯!」 「乾杯。」 大輪の花火に照らされながら、缶をぶつける。そのまま一気にのどに流し込む。同じタイミングで缶から口を離すと、箸を持ってつまみを取り分けた。 「いいですね、ここからの眺め。」 「でしょ?高さといい、ビルの隙間の角度といい、特等席なんですよ。」 「見上げながら見るのもいいですけど、これは楽でいい。人ごみに揉まれず見れるのは特にありがたいですね。」 今頃河川敷は並べられたシートでいっぱいだろう。ご苦労様と言いたくなるぐらい、ここは快適すぎる。だって、冷たいビールは冷蔵庫に戻れば出てくるし、心地のいい風があたる。首だって痛くならない。だって見上げなくていいのだから。次々と上がる花火はどれも美しく、甲乙つけがたい。 「それにこのつまみも、露店では買えないでしょうし。」 降谷はキッシュを一口齧って言った。それはこの間、ポアロに向かう途中でレシピを見て初挑戦したものだ。ビールに合うか不安だったが、これはなかなかいける。今度また作ろう。降谷も気に入ったようで、おいしいと絶賛してくれた。 「降谷さんが洋食気に入ったの初めてじゃない?」 「基本的に和食が好きなので。七海の料理はどれもおいしいですが。」 「おだてても今日はキッシュしかないよ。」 「残念。」 話しながらも酒を煽る手はお互い止まらず、缶を開けていく。新しい缶を開けたところで花火は止んでしまった。恐らく終盤目前で、一斉に打ち上げるためへのクールタイムに突入したのだろう。次の花火への期待を何倍にも大きくするこの静けさが好きだ。降谷も何も言わずただ空を見つめていた。手すりに前のめりにもたれかかるようにして、今か今かと待ちわびている。 暗い空に何本もの線が一斉に飛び出すと、空高く昇っていく。終焉の時。矢継ぎ早に咲いていく花火に目が離せない。食い入るように見つめてしまう。色とりどりの花が咲いては散りを繰り返し、夜空を照らし出す。最後にひときわ大きな音を出して、しだれ柳が降るように流れると、花火は終わった。 「綺麗だったね。」 「そうですね。久しぶりです、こんなゆっくり誰かと花火を見るのは。」 二人とも余韻に浸り、空に視線を向けたまま話す。 「来年もまた一緒に見れたらいいね。」 余韻から軽率に言ってしまったが、これは私の本心だ。降谷と飲みながら見る花火はとても楽しく、普段より美しく見えた。でも降谷は。私なんかより素敵な誰かと見たほうが楽しいかもしれない。出してしまった言葉を引っ込めようと、降谷の方を向くと、目を丸くして私を見ていた。 「あ、ごめん深い意味はないよ。…楽しかったなって。」 「…ああ、そうですよね。」 「どうかした?」 「…いえ、何も。さぁ、片付けましょうか。俺もそろそろ帰らないと。」 ごまかすように立ち上がって、空いた皿や缶を運んでいく降谷の髪から見える耳が少しだけ赤かったのは、見間違いか…それともーー。 [しおり/戻る] |