ひとさじいかが? | ナノ




Ran Mouri & Sonoko Suzuki


この間降谷に連れて行ってもらった喫茶店が気になり、自分で調べて尋ねることにした。前回はゆっくりできなかったから、まったり店員の女の子とお話してみたい。社会人になると友人とは疎遠になるものだ。だから同世代で気軽に会話しようと思ったら喫茶店がうってつけなのである。

歩いて向かうには距離があり、車で行くと停めるのが面倒なのでバスで向かうことにした。定期券を用意してバス停でバスを待つ。車が通るたびに吹く風でスカートや髪が揺れる。顔に当たる髪が鬱陶しく思え、鞄からバレッタを取り出して止めた。ほどなくしてバスが到着する。乗り込んで、座席に腰を下ろした。座るなりスマホを取り出すと、料理アプリを開いて新レパートリーを開拓する。振舞うものは一度も被ったことはないため、レパートリー切れという重大な問題に直面している。降谷も松田もいっそ同じ日に来てくれればいいのに。仲がいいのに絶対一緒に来ない理由は何なのだろうか。


降谷と来るときは最短距離だったため早かったが、バスだと巡回している分時間を取られる。揺られること20分、ポアロ近くのバス停に停車した。降りてポアロへと向かうと、ウィンドウ越しにそこそこお客さんが入っていることが分かった。人気のお店なんだなぁと思いながらドアを開く。


「いらっしゃいませー!あ、この間の安室さんの!」
「どうも梓さん、今日はあなたとお話がしてみたくてきちゃいました。」
「まぁ嬉しい。七海さんでしたよね。お席へどうぞ。」


梓は私の顔を見ると笑顔で接客をしてくれる。覚えてくれていたみたいで安心した。案内された席はカウンター。カウンターには誰も座っておらず、話をするのにもってこいの場所だ。ボックス席は何個か埋まっており、老夫婦と高校生ぐらいの若い女の子達が座っている。座るとお冷が置かれ、コーヒーを注文した。梓は準備をしつつ話しかけてくれる。


「七海さんって本当に安室さんと何もないんですか?雰囲気が甘くてわたし見てるだけで胸がいっぱいになりましたよ…!」
「一緒にご飯食べる程度の友人ですよ。」
「じゃあ七海さんに恋愛感情は!?」
「うーん…出会ったばかりだし…。」


話し始めるなり、梓は興味津々にわたしと安室…もとい降谷の関係に突っ込んでくる。恋バナに浮かれる年齢ではあるが、自分の話となると別だ。苦笑いをしながら話題を変えようとするも、こういう時の女子の食いつきにはかなわない。


「もしかしてほかに気になる男性がいらっしゃるとか。」
「いえ、今は仕事一筋です。…って言ってると今期のがしちゃいそうだな。」
「大丈夫ですよ、七海さんは絶対結婚できますって。」
「それはどういう根拠かな?」


梓さんがもちろん、と目を輝かせながら口に人差し指を当てて話そうとした時、後ろでガタッと椅子を勢い良く引く音が聞こえた。椅子を引いた人物はボックス席に座っていた女の子のうちの一人で、こちらにずかずかと歩いてくる。私の椅子の後ろに立つと振り向いた私の肩をつかんだ。…もしかして降谷のファンで怒らせてしまったか。


「あんた…。」
「ちょっと園子!失礼よ!」


もう一人の女の子が不穏な空気を読み取って制止をかける。流石殴られたりはしないよね、大丈夫だよねと内心動揺しつつ、動向を見守る。すると目の前の女の子は顔を上げて、鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づけると、先程の梓と同じように輝いた眼をしながらにんまりと笑った。


「詳しく話を聞かせてもらおうかしら!モテモテイケメン安室さんの心をつかんだ人なら、あたしと真さんのアドバイスをしてもらえるし…。」
「あ、そっち…。」
「蘭!あんたも新一くんとのアドバイス聞いたら?」
「あいつはそういうのじゃないから…!」


勢いにたじろいでいると、出されたコーヒーを一口も飲む間もなく、高飛車な方の女の子がカップをボックス席のほうに持って行ってしまった。まるであんたはここよ言わんばかりだ。やれやれ、今日も騒がしくなりそうだと苦笑を漏らすと、梓に後で私にもじっくりと念を押される。バッグを持って席を立つと、ボックス席に移った。

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