ひとさじいかが? | ナノ




Kenji Hagiwara


午前の勤務を終えて昼休みに入った。今日は天気がいい、近隣にある公園のベンチで食べようと、お弁当を持って社外へと出た。公園に入ると、幼稚園ぐらいの子供と引率の先生が、シートを広げて楽しそうに食べているのが見える。私もあんな頃があったなあ、微笑ましい光景につい頬が緩んだ。藤棚の下にある休憩スペースに腰かけて、お弁当を広げれば一人遠足セットの完成。…同僚を誘えばよかった。

手を拭いて、お弁当の蓋を開ければ風に乗っていい香りがあたりに舞う。今日の弁当のメインのおかずはアスパラベーコンだ。ちなみに昨日の松田のリクエストで、朝には二つ分の弁当のおかずとなった。ベーコンのジューシーさは一晩経って失われてしまったものの、味は保証する。一口サイズに切られたものを箸でつまんで食べた。本当は温かいほうがおいしいのに、お弁当という箱に入れるだけで冷めていても美味しいのは手品のそれに等しいと思う。

おかずばかりではなく、おにぎりを食べようと包んであるラップをはがそうと箸をおいた。しかしその箸はものの数秒のうちに動いて、アスパラベーコンをつまんだ。


「え?」


アスパラベーコンは私の顔の横をすり抜けていく。つまりは、私の後ろにいる人物が勝手に箸を持って食べたのだ。誰、と後ろを振り向くとその人物はおいしそうに咀嚼をしている。


「いやー、ほんとにうまいな。ごちそうさま。」
「あ!えーっと、萩原さん?」
「正解。」


缶コーヒーを片手に、私の箸を持った萩原が立っていた。聞けば彼もまた昼休憩らしく、公園の自販機でコーヒーを買ったところ私を見つけたらしい。そこで降谷や松田が自慢してくる私の料理がどれほどのものなのか気になり、つまんだのだそうだ。言ってくれれば普通にあげたものを。萩原は私の箸をおいて対面に座る。


「全部手作りしてるの?」
「いえ、多少は冷凍食品を頼りにしてます。」
「それでもほぼ手作りなんだろ?すごいじゃん。」
「ありがとうございます…?」
「松田が自慢してくるだけあるわ。あ、それほしいなー。」


萩原が指をさしたのは私の弁当箱に入った卵焼き。どうぞと箸を渡すと、頬杖をついていた両腕を机の下に下げて、ふさがってるから食べさせてという。あからさますぎる。箸を持ったまま静止していても、にこにこと口を開けて待ってるので、あきらめて卵焼きをつまんで口元へと近づけてやった。萩原は箸から卵焼きを食べとると、数回噛んでのどに流し込んだ。


「七海ちゃんほんと才能ある。今度俺にも晩飯作ってよ。」
「予定が合えば…?」
「強引にいかないと入れてもらえない感じか。すでに二人も抱えてるもんな。じゃあ近日中に伺いますでどう?」


類は友を呼ぶとはこのことだ。降谷も松田も強引なタイプだが、萩原もか。わたしの返事を聞かず、スマホを取り出し、連絡先の交換を迫ってくる。断れないように、トントン拍子で事を進められると連絡先の欄に萩原研二という文字が追加されていた。


「はーいありがと。あ、弁当のお礼にそこの自販機で飲み物買ってくるけどなにがいい?」
「そんな、お返しもらうためにあげたわけじゃないので…。」
「じゃあ俺が選んじゃうよ?ブラックコーヒーにしようかな。」
「…ストレートティーでお願いします。」


またも断れないような聞き方をされて渋々答える。了解、そう言って公園内の自販機へと歩いて行った。あたりをみれば、シートを広げていた幼稚園児たちはいなくなっている。その様子から察するに、お昼の時間は終了に迫っているのだろう。腕時計を確認すると休憩時間の10分前、慌てて残りのおかずを口に放り込んだ。


「はは、ハムスターみたいになっているよ。」


戻ってきた萩原に、詰め込んだ口を指さしながら笑われると羞恥心が襲う。お茶と共に流し込んで返事をする。


「………うるさいですよ。萩原さんも急いだほうがいいんじゃないですか。もうすぐ13時ですよ。」
「ほんとだ。じゃあ俺はこれで。アイスティーな。」


手を振って、また近いうちに会おうねと去っていった。私も同じようにお弁当を片付けると足早に公園を去った。

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