ひとさじいかが? | ナノ




Rei Furuya


「ちょっと、降谷さん聞いてる?」
「ええ、聞いてますよ。ほんとに気に食わない。」


この間の夜道の出来事を恒例の夕飯タイムに降谷に伝えると、すごい剣幕で怒られた。少しでも危ないと思ったら連絡しろ。夜に出歩くなら大通りを通れ。一通りお説教が終わった後は、無事でよかったと抱きしめられた。まるで恋人同士を連想させるようだが、私たちの関係は友人である。心から心配してくれるのは嬉しいので、抵抗はしなった。降谷は抱きしめていた腕をほどくと、今度防犯ブザーを渡しますねと、それはそれはいい笑顔で言った。


ここで話は現在へと戻る。降谷の"気に食わない"発言は私が助けてもらった人物に対してであった。その人物を多少誇称して伝えたところ、降谷の機嫌は悪くなった。何度も繰り返して言った私も悪いが、それなら呆れの反応が見られるはずだ。対して、降谷は怒りの反応を見せることから、何に怒りを覚えるのか私にはまったく理解が出来ない。このまま話を続けていればご飯に箸を刺す可能性があるので、この辺でやめておこう。


「…そうそう、降谷さんバニラアイス好き?」
「なんですか藪から棒に。好きですけど。」
「この前買ったんで食べません?誰か来ると思って何個か買ってあって。」
「そのアイスはあの男にあげたものと同じですよね?」


うまく話をそらそうとしたのに降谷は簡単には引き下がってはくれない。怒ってるなら話題を変えてくれればいいのに。ひじきをつまんで口に運ぶ。


「もともとその人に渡すために買ったものじゃないって。降谷さんたちと食べるために買ったんだよ。」
「そこは嘘でも俺限定にしてほしかったな。」
「ごめんごめん。食後のデザートだけど今日ちょっと遅くまでいられる?」
「お誘いなら喜んで。」


ちょっぴり機嫌の直った降谷と残りのおかずを片付けてごちそうさまをした。皿洗いをしている降谷の手伝いをして、二人でテレビを眺める。動物番組を見ていると、降谷はこのチワワは七海に似てるといった。チワワは人懐っこく、いろんな芸能人に抱っこされてはぺろぺろと手や頬を舐めている。わたしはこんないろんな人に尻尾を振るタイプではないのだが。


「似てないよ、愛想振りまくタイプじゃないし。」
「違う違う。可愛いから意識しなくても人を惹きつけてるってこと。」
「惹きつけてたら今頃彼氏いるからね。」
「彼氏云々は置いといて、俺や松田や萩原は惹きつけられてるから間違いないよ。」


まさに猫にまたたびってやつ。他愛のない話をしていると、いつもは降谷が家を出る時間をとっくに越えていた。そろそろデザートにしないと明日の仕事に支障が出るかもしれない。冷凍庫を覗くとカップアイスが…、一つしかない。何個か買ってなかったっけ。風呂あがりに一個、二個…あげた三個目、ここにある…四個目。完全に忘れてた、あと一つしかないんだった。分けようと器とスプーンを持ってソファに戻った。


「ごめん降谷さん、一個しかなかった。」
「いいですよ、食後だし分け合うぐらいがちょうどいいです。」
「確かに、お風呂あがりとかじゃないもんね。今度また買っておくね。」


蓋を開ければバニラの香りが広がった。まだ固くてスプーンがうまく入らず苦戦していると、降谷がわたしのスプーンを取って、取り分けてくれた。取りわけられた器を取ろうとすると、座っている位置から届かないところまで遠ざけられる。おあずけってチワワじゃないんだから。恨めしそうに見つめていると、降谷は器を持って、バニラアイスをスプーンにすくった。


「今ならイケメンのあーんってやるオプション付きですよ。」
「世の女性達に絞められそうなんでやめておきます。」
「それは残念だ。」


楽しそうに笑う降谷はご機嫌で、二人を流れる空気はバニラアイスのように甘かった。

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