Syuichi Akai 珍しく今日は降谷も松田も来ない日。1人でスーパーに寄って帰った。ご飯を食べていると、寂しいような気がする。誰かと話をしながら食べる食卓がこんなにも恋しくなるなんて。鯵の身をほぐしながらため息をついた。気を紛らわせようとテレビをつける。 「物足りないなぁ。」 芸人がひな壇に座ってトークをしている姿を眺める。先週はこの番組を松田とみて笑ってたっけ。ぼーっと眺めているといつの間にか茶碗もお椀も空になっていた。今日は早めに片付けて寝てしまおうか。食器をシンクに運んでスポンジに洗剤をつけようとするが、いつまで経っても洗剤は出てこない。…そういえば今朝、朝食後に洗った時に空になってしまったんだった。詰め替え用がないか台所下の棚を除くがストックはない。仕方ない、食後の運動もかねて買いに行こう。一度手を洗ってから、パーカーを羽織る。夜道を歩くことになるからスマホも忘れずにポケットに入れる。財布とスマホという必要最低限のものだけ持って家を出た。 この辺りはマンションが立ち並んでおり、子供も多いことから街灯が整備されている。比較的明るい夜道を歩く。しかし、人通りの多い道ではない。住宅街の中道、といったところだ。もう一本向こうは大通りに面しているが信号が多いので、時間短縮のためにこの道を使ってしまった。時折すれ違う人に警戒したり、物音に敏感になってしまうのは夜に出歩いているという意識が働いているからだろう。歩くスピードを速めると、スーパーの明かりが見えてきたので小走りに近づいて店内に飛び込んだ。 「洗剤コーナー…食器用洗剤…、あった。」 詰め替え用を2本手に取りかごに入れるとレジに向かう。途中でアイスコーナーに寄り道してバニラアイスを放り込んだ。ここまで来た自分へのご褒美だ。ついでだから何個か買っておこうと追加すると閉店の音楽が流れてきた。もうそんな時間なのか。急いでレジに行き会計をしてもらうと、適当になってしまった袋詰めを直すことなく店内からでる。アイスのために急いできた道を引き返す。 …スーパーを出て少し歩いたころ、妙な気配に先ほどから襲われた。私の何メートルか後ろをついてきてる何者かの足音がある。もしこのまま家に帰ってしまったら住居を特定されてしまうかもしれない。本来は入るはずだったマンションの前を通り過ぎ、そのまままっすぐ突き進む。大通りのほうに出てどこか建物に入ろう。その前に降谷か松田に連絡して助けを求めよう。スマホを取り出すことに気を取られていた私は足音がすぐ直前まで迫っていることに気が付かなった。 「ひっ!」 腕をつかまれて裏路地まで引きずり込まれる。殺される、そう思い目をつぶるが何も起きない。恐る恐る目を開けてみれば、何者かの胸板が目の前にあるだけだ。 「そう怖がることはないだろう。俺は君の後をこそこそつけるなんて無粋な真似はしてない。」 顔を上げてみるとニット帽をかぶり、細められた緑目がわたしを見下ろしていた。吸い込まれそうな眼に悪意はなさそうで、ゆっくり息を吐いた。 「それに先ほど君の後ろをつけていた男なら、俺の姿を見てどこかに行ってしまった。安心していい。」 「…ありがとうございます。」 「これに懲りたら夜道で一人で歩くのはやめるべきだ。」 「そうします、ほんとにありがとうございました。」 気にするな。そう言って男は片手を上げると路地裏の奥に消えていく。何かお礼をしなくては。男の後ろ姿を追いかけてジャケットの裾をつかんで足を止めさせる。 「…まだ何か用かなお嬢さん。」 「お礼にこれ!」 ビニール袋からカップアイスを取り出して渡す。近づいたときに薫った煙草から、この人が甘いものを食べる気がしないが、渡せるものと言えばこれぐらいだ。手に無理やりつかませる。男はその様子を見て、興味深そうにホー…とつぶやくと受け取ってくれた。 「まさか見返りがもらえるとは思っていなかった。」 「すみません、あなたの場合煙草の方が喜ばれそうですが。」 「こういうのは気持ちというだろう。」 「そう、ですね。」 溶けていなければいいけれど。そこはあえて言わないことにした。 「ところで。」 「?」 「スプーンはないのか?」 「あ。」 [しおり/戻る] |