ひとさじいかが? | ナノ




Rei Furuya&Shinichi Kudo


「へぇ、ご飯がきっかけで安室さんと知り合ったんですね。」
「うん、珍しい縁でしょ?」
「偶然とはいいがたいですね、ねぇ安室さん。」
「何がいいたいんですかコナンくん…いえ、間違えました工藤くん。」


テーブルをはさんで質問してくる工藤に、降谷はにこにこと張り付けたような笑顔を浮かべていた。探偵というのはどうにも探求心が強いようで、私への質問が止まらない。ただのOLに固執しなくても、と思ってしまう。ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して、まだここにいるようならお代わりと軽食を頼もうとメニューを眺めた。


「水野さんこれから何か食べるならよかったら家に来ませんか?もちろん安室さんも一緒に。」
「悪いね工藤くん、これから美味しいランチに行く予定なんだ。」
「え、そんな予定ない…。」


ねつ造した予定でイタリアンがいいか中華がいいか聞いてくる降谷は、何とかして工藤邸へ行きたくないようだ。私としてはどちらでもいい。まぁ、ここで変な攻防戦をされるよりは落ち着ける場所へ移ったほうがいいとは思うが。下手に口を挟むとどっちがいいか私に回答を求められそうだから黙っておこう。コーヒーの代わりにお冷をちびりちびり飲んでいると、その姿を見て退屈していると感じ取ったのか二人はこそこそと耳打ちした後に店を出ようと提案してきた。


「結局どこへ行くの?」
「俺の家ですよ。安室さんも納得してくれたみたいなんで。」
「しぶしぶですがね。七海を退屈させるよりはいいでしょう?」


降谷は伝票を持つと梓さんへと渡し、私が財布を出す間もなく支払いを終えてしまった。剰え、工藤の分までも。私たちがコーヒーの分のお金を降谷の目の前に出せば、ここは年上の僕が払わせてくださいと言う。工藤のことはわからなくもないが、私と降谷は歳はそう変わらないだろう。


「安室さんと私そんな年変わらないじゃないですか。」
「何言ってるんですか、僕29ですよ。それにこういうデートは男が払うもんですよ。」
「29!?」


てっきり20代前半だと思っていた。幼く見える顔立ちに引き締まった体を見て、勘違いしない人などいないと思う。今まで砕けた話し方をしていたがこれからは敬語に戻そう。素直ごちそうさまですと言い店を出た。29だとするなら合点がいく部分がある。いつも買ってきてくれる高そうな食材は、年功序列で高い給料をもらっていたからと想像がつく。いささか高すぎる気もするけれど、この人のことだから有名企業で働いていそうだ。


「七海は助手席に、工藤くんは後部座席へどうぞ。道はわかるから大丈夫だよ。」
「俺だけ歩いていくのもあれだったんで助かります、降谷さん。」
「…どういたしまして。」


喫茶店の時は安室さんと呼んでいた工藤は車に乗るなり呼び方を降谷に変えた。私も変えたほうがいいのか悩んでいると、片手でハンドルを持った降谷が空いた手で肩を叩いた。


「七海も呼び方を戻していいですよ。面倒なことをさせましたね。あと、年上だと判ったからと言って敬語はやめてくださいね?」
「う、うん。」
「あーやっぱり。水野さん、降谷さんの本名知ってたんですね。」
「名字だけだけどね。」


工藤はあごに手を当てて何かを考える様子を見せた。喫茶店にいた時と同じ、探求心に満ちた顔をしている。しかし今回はそれ以上聞いてくることはなかった。それから間もなくして一軒の豪邸の前に車は止まった。案内されながら門を通りドアの前まで来る。ドアを見て降谷は足を止めた。


「どうかした?」
「いえ、ここにはいい思い出がなくてね。」
「大丈夫ですよ降谷さん。もう沖矢さんはいませんから。」
「…いるって言ったらここまで来てないよ。」


どうやら降谷さんにとって沖矢さんという人は地雷のようだ。どうぞとドアを開いた工藤はドアを押さえて私たちを招き入れる。外から見た豪邸は張りぼてなんかではなく、中も私からしたらお城のようだ。あたりを見回していると笑われてしまった。靴を脱いで端に揃えておこうとすると、降谷が俺がやりますよとはにかみながら靴のかかと部分をつまむ。


「この靴、そろそろ変えたほうがいいかもしれませんね。ヒール部分がずいぶん削れてしまっている。長く使うのもいいことですが街中で折れては大変ですから。」
「本当?今度靴屋に行ってみようかな。」
「時間が合えばその買い物に付き合いたいものです…が。」


途中まで言いかけた降谷は私の靴を持ちながら端に置かれていた革靴を見て目を見開いた。


「…工藤くん、今日は沖矢さんはいないんじゃなかったかな…?」
「ええ、いないですよ。…赤井さんは来てるけどね。」
「同じじゃないか!悪いけど俺達は帰らせてもらうよ!」


額に青筋を浮かべながら怒号を飛ばした降谷に担がれるようにして車まで引き戻される。どうやら、赤井さんという人はもっともっと地雷らしい。

prev next

[しおり/戻る]