ひとさじいかが? | ナノ




Jimpei Matsuda&Rei Furuya


「へー、ここが七海ちゃんの家か。」
「はい、でも駐車場は私の車で埋まってるので近くのパーキングを利用してください。」
「了解。」


車から降りて降谷と合流してから部屋へ向かう。部屋のドアを開けて電気をつける。松田にキッチンまで買い物袋を運んでもらっていると、降谷はスーツを脱いでハンガーにかけていた。慣れた手つきである。松田にも同じように勧め、ソファで待っているように告げた。腕まくりをしていざ料理、とフライパンを出すと背後にいたのは降谷。驚いてヒッと声を上げると、俺は幽霊かと小突かれた。


「何か?…今日は松田さんのリクエストで回鍋肉だけど、ちゃんと味噌汁作るから。」
「…手伝いますよ。」
「へ?」
「だから料理、手伝うって。」


いつもは座って待っているだけの降谷が手伝うと言い出すとは。明日は槍でも振るんじゃないか。とはいえ申し出は嬉しいので野菜を切ってもらおうとお願いするとてきぱき動いてくれる。均一に切られたピーマンを見て感心していると、気が散ると言われてしまった。私もみそ汁の用意をしながら話しかける。


「手際いいね。」
「喫茶店でアルバイトしていたこともありますし、普段は大体自炊ですから。」
「そうなんだ。じゃあ私の家にわざわざ寄るよりも家で作ったほうが早いんじゃない?」
「…花嫁修業に付き合ってやろうかと思いまして。」
「別にー頼んでませーん。」


二人で調理すると早い早い。あっという間に仕上がっていく。助手が優秀なのもあるけれど。いい香りがしてくると待っていた松田も寄ってきた。松田は味見をしようと、私に食べさせるように口を開くが、降谷からピーマンを突っ込まれてソファに帰っていった。盛り付けを終えて、テーブルへ運ぶ。箸をそろえようと引き出しを開けるが、そういえば来客用の箸は降谷が使っているものしかない。仕方ない、割りばしで我慢してもらおう。割りばしとコップを持って二人が座るテーブルへ向かった。


「松田さんごめんなさい、箸が足りなくて。」
「気にすんな、突然来ちまったし。」


快く受け取ってくれた松田は、コップにお茶を注ぐ。私は座布団を持ってきて二人の対面に座った。降谷は場所を代わると言ってくれたが、二人が並んだ方がいいと思ったのでそのままにした。三人で手を合わせてから食事を始める。二人で食べるときは各々に取り分けたものを食べるが、三人分となると洗い物が増えるので大皿に取り分けられた回鍋肉をつまむ。形がそろった野菜を見ると降谷を思い出して笑みが漏れた。


「松田、取りすぎだ。」
「うまいからな、降谷が通うのも分かる。俺も次から箸買ってくるわ。」
「…はぁ、だから嫌だったんだよお前を連れてくるのは。」


仲のいい二人の会話をおかずにしながらご飯を口に運ぶ。降谷が自分といるときとは違い、砕けた様子なのがまたおもしろい。二人の会話に完全に気を取られていると、降谷がわたしに話しかけてきた。


「そういえば、七海は何故スーパーにいたんです?今日も買っていくと伝えたはずですが。」
「ティッシュが切れてしまって。まぁ色々あって買い忘れたんだけどね。まさか降谷さんもあのスーパーを利用していたとは思わなかった。」
「帰り道から一番近いのでいつも利用してました。…言ってくれれば買っていったのに。」
「ううん、さすがに生活用品をお願いするのは悪いから。」


私たちの関係は友人である。降谷も食べる食材を買ってきてもらうならまだしも、個人で使うものを頼むことはしたくない。あくまでも対等な関係でいたいのだ。私たちが会話する様子を見ていた松田は箸を咥えながら、お二人さん夫婦みたいな会話するのやめてくれません?と茶化してきた。珍しくその言葉に耳を赤くした降谷を見て、ポーカーフェイスでも崩れるときがあるんだななんて思ったのは内緒。



「じゃーな、七海ちゃんうまかったぜ。」
「戸締りしっかりしてくださいね。」


二人が帰っていくのをベランダから見送って、スマホを開く。そこには登録された松田陣平の四文字が並んでいた。降谷は最後まで妨害してきたが、連絡先の交換には成功したのだ。

結局今日のおかずは残らなかった、明日のランチの予定を友人に送って部屋の電気を消した。

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