冷たくあしらう彼のセリフ | ナノ




Rei Furuya


あの悲劇の告白から2週間、降谷と顔を合わせることはなかった。潜入捜査が忙しく、登庁してないようだ。どんな顔をして会えばいいのか悩んでいたから助かった。特に次の日は眠れず、クマを作って登庁したら風見に仮眠室に叩き込まれたほどだ。理由は言わなかったが、毎日降谷のデスクを見つめていたわたしがあの日を境にため息を吐くようになったのをなんとなく察しているのか、最近はやさしい。


「水野、最近頑張りすぎてないか。」
「あいにく仕事が生きがいなもので…。」
「はぁ…、降谷さんの連絡先聞けなかったなら俺が今度聞いておいてやろうか。」


ごめん風見、そうじゃないんだ。連絡先をすっ飛ばして告白したなんてここでは言えないけど。…諦める気はない、"今は恋愛に興味ない"ということはアピールし続けたら結果は変わるかもしれない。そのためには恥ずかしながらも降谷と話がしたい。電話なら顔を合わせずとも声が聴けるから気楽に話が出来る。当初の目的であった連絡先を直接聞くことはかなわないが、風見に頼むことにしよう。


「お願いしてもいいかな。」
「わかった、だが仕事に関係ないことで連絡は出来ないから登庁したときに聞いておく。」


風見への借りは今度食事でも誘って返そう。気分を切り替えるために書類に筆を走らせた。仕事に打ち込むのは降谷の好みに近づくためでもある。…仕事といえば、私が降谷を慕うようになったきっかけを思いだす。あの頃降谷のことは憧れてはいたが好きになるとは思っていなかったのに…。ボールペンを握りしめた。


元々警察学校では実技のほうが得意で、公安に配属になったときは喜んだものだ。しかし、回ってくる仕事はデスクワークばかり。上司に文句を言っても"水野の能力を見て判断した結果だ"と言われれば飲むしかなかった。次第に仕事に不満が募り、ミスばかりするようになっていった。そんなとき降谷に出会ったのだ。降谷は入庁当時から後輩全員の憧れの先輩だった。当然私もその仕事ぶりには憧れていた。そんな降谷はミスを繰り返す私を見るなり、"やる気がないなら今すぐ机を片付けて出ていけ。仕事に誇りを持てないのならばお前にここは向いてない。"と淡々と言った。全員が見ている前で言われたことに腹が立った。一生懸命やっている、でも周りは評価してくれない。言いなりで働くために公安という仕事を選んだのではないと啖呵を切った。騒がしく出入りがされていた室内が静まり返ったのをよく覚えている。しかし降谷は私の叫びに眉一つ動かさず冷静に言った。


"与えたこと以上が出来るようになるのは、与えたことが十分にできるようになってからだ。基礎なくして応用は出来ない。それぐらいわかるだろう。もし、今お前が現場に配属されれば確実に生きて帰っては来れないだろうな。"


降谷にここまで言われないと気づかない自分が恥ずかしかった。先輩方も同じようなルートを辿ってきているのに、周りを全然見れていなかった。それから私は変わった。仕事に対しての向き合い方も。…降谷零という人間の見方も。憧れから、隣に立ちたいと思うようになった。それはいつしか恋愛としても。なのに、


「はぁぁぁ…。」


たった一言で積み上げてきたすべてを壊してしまったのだ。別に告白することは悪いことではないし、仕事仲間から恋愛対象として意識してもらうきっかけにもなったと思いたい。次の書類へと手を伸ばすと、そこには何も置かれていなかった。感傷に浸りながら仕事をしてよくはかどったものだ…。休憩に机の引き出しからチョコレートを取り出すと、包みを開いて口に含む。もう1つと思ったが、風見にあげようと隣のデスクを見ると姿が見えない。調査業務で外に出てしまったのかも。戻ってきた時に食べれるよう、デスクの端に置いた。

時計を見れば20時、業務も片付いたことだ、帰ろう。荷物をまとめてスマホを確認すると、風見から数分前に連絡が入っていた。"裏口に来れるか。"調査業務で負傷した?まさか。慌てて鞄を持って執務室から飛び出す。


「なんでこんな時にエレベーター全部1階なの…。」


諦めて階段を猛スピードで降りる。風見が理由なく呼び出す男ではないことと、理由も言わないことから緊急性の高いことなのだと勝手に解釈してしまっている。息を切らして裏口へ向かうと見知った後ろ姿が…2人?


「水野、速かったな。」
「急に呼び出すから何事かと…!…降谷さんもいらっしゃったんですね。」


今一番顔を人が目の前にいる。風見はアシストのつもりで呼んでくれたのだろうが、正直に理由を話しておくべきだったと後悔した。


「水野が俺に用があると風見に聞いて呼び出した、急に悪かったな。」
「いえ、そんな…。」
「悪いがすぐに行かなくてはならないから手短に頼む。」


これからまた潜入捜査があるのだろう。降谷が私服であることからうかがえた。風見はいつの間にかいなくなっているし、逃げることはできないと悟る。震える手でパンツスーツの裾をつかみ、覚悟を決めた。


「降谷さんの連絡先を教えてください…!」
「それは仕事に必要なのか?個人的な連絡先の交換なら答えはノーだ。」
「すみません…でも、私、あきらめきれないんです。」
「…俺はお前には風見のほうが似合ってると思うよ。そういう用ならこれで。」


降谷はそういって裏口から出て行く。今ここで追いかけなければ、また遠ざかってしまう。降谷さんは私の気持ちに直接答えているわけじゃない。あの時と同じ、あしらって線引きしているだけだ。諦めるのは、嫌われてから。ドアを開けると降谷は車に乗ってエンジンをかけているところだった。車まで走り寄り、運転席のガラスを手でコツコツと鳴らす。降谷は怪訝そうだがウィンドウを下げてくれた。


「まだ何かあるのか。」
「降谷さん、私絶対にあきらめません。嫌いだとおっしゃるまではこうやって何度も話しかけます。あと…。」


わたしの連絡先です。気が向いたら、連絡して下さい。名刺にアドレスを添えて、渡すと苦笑しながらも受け取ってくれるあたり、彼はとっても優しいのだ。

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