冷たくあしらう彼のセリフ | ナノ




Rei Furuya


ミルクティー色の髪、高い鼻、きりっとした眉、あぁ、今日も麗しい。目の前の書類の山を横目にデスクワーク中の上司を見つめると熱のこもった息が漏れた。私の信愛する降谷さんは真剣に書類を見つめ筆を走らせている。手を止めていると風見に小突かれた。


「ちょっと、何するの。」
「仕事に集中しろ。」
「…やる気補充中ですー。」
「降谷さんは仕事ができる人が好みだと言っていたな。水野も仕事が出来れば食事くらいはチャンスがあるかもしれないな。」


なんですと。止まっていた手を持てる力を最大限引き出し書類のチェックを始める。隣の風見は何か言いたげだが、もうどうでもいい。風見がなぜ降谷の好みの女性のタイプを知っているかは置いておいて、有益な情報は使わせてもらう。恋焦がれる私は、実際のところ新人として警備企画課に配属されてから降谷とは指で数えられるほどしか話したことはない。普段は潜入捜査で忙しい降谷と顔を合わせることはなく、登庁の日も知らされるほど信頼されているわけでもない。一言連絡先を交換したいと伝えられればいいのだが、そんな勇気も出ず、見つめる日々を過ごしている。だめだめ、集中してできる女をアピールしなくては。邪念を取り払って仕事に打ち込むことにした。


どれぐらい時間が経ったかは窓のほうに視線を向ければ一目瞭然だった。日は傾き、夕暮れ時の橙の光がブラインド越しに差し込んでいた。同じ態勢でいたため、手を伸ばして一息をつくと、ちょうど隣の風見もひと段落したところだった。


「…おい。」
「はい?」
「降谷さんにコーヒーでも持っていったらどうだ、話せるかもしれないぞ。」
「風見ナイス!」


コーヒーを渡せばさわやかな笑顔を向けてありがとうとほほ笑んでくれるに違いない。そう確信したわたしは風見にのせられて執務室脇にある自動販売機へと向かった。一本だけ買っていくと警戒されるかもしれないので、自分用と風見にも缶コーヒーを買う。喜んでくれるかな。三本のコーヒーを抱えながら執務室に戻ろうとしたが、手がふさがっていてドアを開けるのに戸惑ってしまう。自分用のものをスーツのポケットにしまおうとした瞬間、背後から伸びてきた腕がドアを開ける。


「水野さんお疲れ、今日も残業?ほら、先に入っていいよ。」
「あ、山田さん!お疲れ様です。いえ、今日は片付きそうなんで定時ちょっとで帰れると思います。」


ドアを開けてくれたのは一年先輩の山田だった。お言葉に甘えて部屋に入る。


「定時で帰れるなら一緒にご飯でもどう?水野さんと久々に話してみたいと思ってたんだよね。」
「あー…。」


山田はたびたび私をご飯に誘ってきたが、あまり乗る気にはなれなかった。いい先輩ではあるが、新人会の際に隣に座られ周りから見えないところで膝を触られたり、何かとセクハラをされていると感じる。二人きりでご飯となると逃げ場は完全になくなってしまうのでいつもは残業など理由をつけて断っているが、言い訳が思いつかない。断り方を探していると手を握って店の提案や時間を始める。まだ行くとも言っていないのに。手を離してもらおうと声をかけようとした時だった。


「どこか別の場所でやってくれないか。ドアを塞がれると困るんだが。」
「降谷さん…。」


無表情のようにも見えるが、少々の怒気の混じった表情をした降谷が二人の前に立っていた。すみませんと一言置いて左右に離れる。二人の間に割って入った降谷は、ドアを開き振り返った。


「山田もあまり無理に誘うんじゃない。水野、仕事の話がある、ついてきてくれ。」
「はい!」


思わぬ助け舟に声が上ずる。降谷から直接仕事の話をもらうのも数回目なので心が高まる。山田に浅い礼をしてから降谷の後を追って歩いた。先ほど利用した自販機を通り過ぎて階段の踊り場まで行くと降谷は立ち止まる。


「水野、断りたいときははっきりと断れ。それでもし何かを言われるようなことがあれば相談しろ。あれでは相手がつけあがるだけだぞ。」
「はい、すみません。助けていただきありがとうございました…。それで仕事というのは?」
「あぁ、仕事のことだが…。」


あれは嘘だ。と口に人差し指を当ててにやりとほほ笑んだ。特殊な仕事上、仕事を持ち出せば相手は引き下がらずを得ない。なんだ、私に特別に仕事をくれたわけではなかったのか。手を握りしめればひやりとした感覚。そういえばコーヒーを持っていたことをすっかり忘れていた。コーヒーには水滴が付き始めている。


「降谷さん、コーヒーどうぞ。ちょっとぬるくなってしまったかもしれませんが。」
「あぁ、ありがとう。いただくよ。」


降谷は私の手から缶を一本取ると、プルタブをつまんで開ける。一口飲めば、まだ冷たいと、笑った。風見の分をポケットに入れ私も同じように口をつける。いつも通りのコーヒーのはずなのに、格別においしいと感じるのは飲む相手が極上の砂糖だからかもしれない。堪能していると飲み終わった降谷は先に戻ると告げて踵を返した。待って、聞きたいことがあるのに。


「あの!降谷さん!」


ごちゃごちゃした頭を整理する暇もなく口を開けば、すべてのステップを越えた言葉が飛び出した。


「好きです!付き合ってください!…あ。」


やってしまった、そう思った時にはもう遅かった。降谷も後ろを向いたまま固まっている。大丈夫、今から訂正すれば間に合う。間違えましたと口を開こうとした瞬間。


「…悪いけど、今は恋愛に興味がないんだ。」


降谷はそう言うと振り向きもせず、そのまま立ち去ってしまった。あぁ、次からどんな顔をして会えばいいのだろう。私の苦悩は続く。

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