冷たくあしらう彼のセリフ | ナノ




Rei Furuya


※組織壊滅後


降谷さんが追っていた大きな犯罪組織が壊滅した。それと共に降谷さんの仕事もひと段落するかと思えば、彼は相も変わらず西へ東へ忙しそうだ。少しは休んでほしいものだが、以前と違い今は楽しそうに仕事をしているので、見守る程度で口は挟まない。そもそもわたしが言って素直に休むような人でもない。


「おつかれさまです、お先にしつれいします。」


自分の仕事を片付けて外に出ると天気は大荒れだった。台風に等しい風に、私の傘は到底勝てそうにない。携帯で交通機関を確認すると電車は運転見合わせ。近辺に住んでいる友人もおらず、徹夜での仕事に戻ろうと踵を返したところだった。バシャ、という音とともに背中に水がかかる。おかしいなぁ、ここ屋根あるんだけど。状況は見なくても分かる、何者かが背後から故意に私に車で水をかけた。庁内であることも忘れ、怒鳴ろうと振り返る。


「なにするんですか!」
「悪い、見知った背中を見つけたから止まったんだが、運悪く水たまりで。」
「…降谷さん。」


白いRX-7をバックに傘を差した降谷が立っていた。その顔は悪いという言葉とは真逆に今にも吹き出しそうで、にらみつける。しばらく見つめ合って、いや睨んでいると、急にくしゃみが出た。かかった水は結構広範囲だったようだ。スーツを脱ぐと、若干湿ったシャツが張り付いて気持ちが悪かった。それをみた降谷は目を見開くと、急に自分のスーツを脱いで私の肩にかける。


「え、だめです濡れますよ。高そうなスーツなのに。」
「別に気にしなくていい。ここにいても体が冷えるからとりあえず車に乗って。」


降谷に誘導されながら開けられた助手席に腰をかける。私がまた心配をすると思ったのか、タオルを一枚シートに敷いた。乗り込んだのを見届けるとドアを閉め、反対側に回った降谷は運転席に乗り込む。ついていた暖房の温度をわずかに上げたのを見て、胸が温かくなった。


「寒くないか?」
「大丈夫です。」
「それならよかった、このまま家まで送るよ。案内できる?」
「そんな、悪いですよ。今日ぐらい早く帰られた方が…。」
「この天気の中そんな格好のお前を置いて帰れる男がいたら見てみたいよ…。」


ため息を吐いた降谷は私のシャツを指さす。指先から視線を追ってみると腕に張り付いて透けていた。


「腕が透けてるぐらい問題ないですよ。」
「…背中濡れてるの忘れてるだろ。」
「あ…。」


あの脱いだ一瞬で降谷は判断したのか。肩にかかるスーツをつかんでお礼を言う。原因は俺だからと苦笑する降谷はシートベルトを着けるように促した。今度は断らず素直にシートベルトを着けると、風邪をひかないうちにと車を急発進させた。前のめりになるわたしが頭をぶつけそうになる前に伸びてきた腕がわたしの上半身を受け止めた。走りが安定すると腕をどけてハンドルへと戻る。


「このまま直進?」
「はい、2つ目を右に。」
「了解。」


さすがに交通量は少なく、普段は混む国道も走りやすい。視界が悪く、雨音のノイズさえ気にしなければ快適なドライブだ。私が問いかければ降谷も返してくれるので、会話を楽しんでいると、いつの間にか家の近くの本屋まで来ており、この時間の終焉を悟る。もっと一緒にいたい、なんて可愛い言葉を吐くことはわたしには出来なった。マンションの前に車が止まる。


「ありがとうございました。スーツはクリーニングして後日返しますね。」
「あぁ、頼むよ。」
「じゃあこれで。遠回りさせてしまっていたらごめんなさい、ゆっくり休んでくださいね。」


車から出ようとドアにて手をかけると、シートベルトをはずした降谷の手がわたしの手首をつかんで止めた。


「…そこは帰りたくないとか言わないんだな。」
「だって私たちそんな関係じゃないでしょう?」


そういってかけられた手をはずす。私の思いは以前伝えていて、今も返事は保留中だと思っている。組織が壊滅した後、返事の催促はせず、降谷に任せていた。だから私の片思いは続いたままなのだ。降谷は外された手を見ながら私に問う。


「七海はまだ俺のことが好きなのか。」
「愚問ですね、私は離れるわけないって言ったはずですよ。」
「はは、そうだったな…。君もなかなかしつこいな。」
「この仕事をしている身にとっては誉め言葉です。」


口角を上げて言ってやれば、目を細めた。そして頬に伸びてきた手を受け入れて次の言葉を待った。


「…やっぱりいいや、とりあえず家についてから話すよ。」
「ええ、生殺しはやめてください!ここ家ですしはぐらかさないでください!」


詰め寄ると、それをかわした降谷は助手席のシートベルトに手を伸ばすと止め口にはめる。その流れで自身にも再びシートベルトをつけると不敵に笑う。


「目的地変更、続きは俺の家で。」


そしてアクセルを踏んで雨の中を駆け抜けるのであった。

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