冷たくあしらう彼のセリフ | ナノ




Rei Furuya


"こちら鈴木、撮影完了した。これから警察庁に戻るが車まで来られるか"


インカムから聞こえてきたのは仲間の声だった。どうやらうまくいったようだ。了解、すぐに向かうと告げようとしたが隣にいる降谷を一瞥しようとすると耳からインカムを取りあげられた。


「降谷だ、すまないが水野とは少し話がある。先に戻っておいてくれ。上官へ俺から一言入れておく。」


返事を聞かずそのままインカムをジャケットのポケットに滑り込ませた。降谷と二人で離せるのは嬉しい展開ではある。しかし、ホテルという密室で二人きりというのはさすがに降谷から自分への好意がないといっても緊張してしまう。先ほどの仕事とはまた違った緊張に、高揚感を感じた。


「あの、話というのは…。」
「それは建前だ。結果的にお前に仕事をさぼらせているようなものだしな。示しがつかないだろう?」
「ご配慮くださりありがとうございます。」
「…まぁ話がないわけでもないんだ、隣来るか?」


ぽんぽんと降谷はベッドを叩く。折角の近づけるチャンスを無駄にしたくないから、即決で隣に座るとほんとに来るとは思わなかったと笑われた。笑った顔がベッドランプに照らされてはかなげに見える。思わず頬に触れたくなる気持ちを抑えて、何か言いたげな降谷の言葉を待った。しばらく静寂が訪れ、次に目が合った時には真剣なものに変わっていた。


「水野はこれからも現場で働きたいと思っているか。」


低くささやくような声だった。私にとって現場で働くことは夢であり、入庁から変わらず抱いている第一線で働く目標でもある。即答しようと口を開こうとすると降谷の手がわたしの口をふさぐ。驚いた私以上に、目の前の青目は揺れている。


「聞いておいてすまない、忘れてくれ。」


そういうとベッドから立ち上がり、窓の方へと歩いて行った。私もその後姿を追う。カーテンを開くと光が散らばる市街地が点々と広がっている。窓に透けて映る降谷の表情は苦虫を噛み潰したようで、何がそんな顔をさせているのか。わたしへの問が関係しているのを感じてはいるが、この答えがそんなに重要なことなのか理解はできない。降谷なりに、なにか思うところがあるのだろう。窓ガラスに手を触れて降谷はいう。


「水野、見えてるよな。…これが俺たちが日ごろ命を懸けて守っている光景だ。」
「えぇ、綺麗ですね。」
「俺はその為に手を汚している。」


俺の手は汚い。降谷は触れていた手をこぶしに変え、軽く殴った。降谷さんの手は汚くなんてない。あなたの手に今日も助けていただいた。しかし、彼は潜入捜査のことを指しているのだろう。仕事について何も知らない私がかけられる言葉など、欲していないはずだ。握りしめたこぶしを何も言わずに両手で包み込む。


「水野が好きな俺は、きっとキラキラしていて完璧な先輩だよ。でも俺はそんな人間じゃない。」
「そんなことありません。あまり自分を卑下しないでください…。」
「じゃあ水野は俺の何を知ってるんだ?憧れとはき違えていないか。」


知ってます。あなたがどんなに仲間思いでやさしいか。その優しさをわたしだけに向けてほしいとどれだけ願ったことか。厳しい言葉も結局は私の為で、だれよりも率直に伝えてくれることも。…わからないこともある、仕事以上の関係に誰に対しても一線を引いていること。


「わたしは降谷さんを十分に理解しているとは言いません。知らないことがまだまだ多すぎます。だから、教えてほしいんです。知ればきっともっとあなたのことを好きになる、離れていくわけないじゃないですか。」
「…大事なものほど離れていくんだ。コップが傾いて、水がこぼれるみたいに。しっかり掴んでいないと全部なくなってしまう。大切なものを作りたくない。」
「それが本音ですか。」
「かっこ悪いだろ?…それ以上に失うものが多すぎた。」


ガラス越しに、悲愴な表情を浮かべる降谷を後ろからそっと抱きしめた。背中は少しだけ震えていて普段より小さく思えた。


「今、答えるのはちょっとずるいかもしれませんけど、わたしはあなたの隣に並ぶために強くなります。だから現場に立ちたい。」
「…勇ましいな。」
「乙女の恋する力は無限大ですよ。」


その先の言葉は聞かなくても分かる。でも諦めてくれって言うんだ。諦めろなんて言わないぐらい私が強くならなくては。そっと降谷に回した腕を離す。


「言わなくても伝わったみたいだな。」
「えぇ、私の次の言葉も予想できてますよね。」
「あぁ。…諦めてくれ。」


知ってますよ。でもあなたはあえて言うんですね。


"今は"


続けられたその言葉には一縷の望みが見えた気がした。

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