冷たくあしらう彼のセリフ | ナノ




Rei Furuya


「水野くん、君に折り入って頼みがある。」


それは出勤して直後のことだった。上官が執務室に集まっており、私を一瞥すると会議室へと誘導された。どうやら現在調査している組織の取引が東都プラザホテルで行われるとの情報を受け、その現場を押さえる人員として向かってほしいとのこと。


「取引はホテルのバーで行われるようだ。取引といっても記憶媒体の譲渡、それも一瞬だ。その一瞬を押さえなければならない。あいにく別の捜査で人を払ってしまっている。君を含めて3人の少数精鋭で頼みたい。」
「承知しました。」
「場合によっては発砲もやむないかもしれん。十分注意するように。それから…。」


君は現場で銃を取り扱ったことがないが大丈夫か。思わず息をのんだ。確かに、ここに配属されてから捜査現場に関わったことはなく、当然訓練以外で射撃を行ったことはない。いざとなったら撃てる覚悟があるか否か、上官は心配なさっている。でも、初めて私に仕事を下さったのだ。不安以上に期待にこたえたいという自分がいる。


「問題ありません。必ず、成功させます。」
「報告に期待する。」


ーーー


時は18時、ホテルの一室にて。捜査会議が行われている。現状分かっているのはホテルのバー、そして夜取引が行われるということのみ。時間を割り出すことはできないのでこれから持ち場で待機することになった。私以外は男性であり、公安であることから屈強な顔立ちに身体。バーで一人酒をするには浮いてしまうので、私の持ち場はバーのカウンターとなった。一般客を装うためにドレスコードを身にまとうが、仕事のことを考え低く動きやすいヒール、そしてホルスター…。…大丈夫、うまくいく。仲間と目で合図してそれぞれの持ち場に向かった。


「こちら水野、スタンバイ完了。これより録音を開始します。」


小声でインカムに呼びかける。いつ現れるかわからない人物をこれからずっと集中して張らなくてはならない。しかも私の持ち場はバー、つまり集中しながらも飲む必要がある。酔わないように、少しずつ口に含む。平日の中日でも東都プラザホテルは仕事の取引の場になっており、人は少しずつ増えてきた。今のところそれらしき対象者は現れないが、人が増えると集中力が散る。気を引き締めなくては。


「こちら鈴木、怪しげな男がホテルのエントランスを通過。」


インカムから聞こえてきたのは仲間の声だった。1人目がホテルに到着したようだ。鼓動が体全体に伝わってくる。ここにきて緊張感が集中力を勝ってしまう。大丈夫、ここに座っていればいい。いざとなったら、…いざとなったら?わたしはちゃんと動けるのか?不安が脳内を埋め尽くす。冷汗がそっと背中を伝った。


「…隣、よろしいですか?」
「すみませんが一人で飲みたい気分なので。」


こんな時に、いったい誰が。下げていた顔を上げて拒否の言葉を並べる。


「残念です、でもここ、僕のいつもの席なんですよ。お詫びに一杯ごちそうさせてください。ね?」


唇に人差し指を当てながら不敵にほほ笑んだのは降谷だった。自然に私の隣の席に座り、カクテルのオーダーをしている。なぜ、ここに。降谷さん、と問いかけようとすると降谷は安室っていいますよろしくと周りから自然に見える自己紹介をされた。潜入捜査用の偽名か。続けて降谷は私にだけ聞こえるように話しかけてきた。


「…事情は聴きました。安心してください。もうすぐ取引が始まります、あなたはここでその録音さえしてくれればいい。」
「え?でも入ってきたと思われる人物はまだ1人ですよ。」
「窓際に座っている男、あの男の荷物をよく確認してください。会社員の装いをしてますがアタッシュケースに鞄、バーに来るには荷物が多すぎますね。ホテルに荷物を置けない事情があると見える。あとはしきりに時間を確認している。」
「なるほど…。」


窓際の男に目を向ければ降谷の言うように大荷物に腕時計を短時間に何度も眺めていた。しばらくするとやってきた男が窓際の席に座る。どうやら取引開始のようだ。


「七海さん、折角だから夜景を見ながら飲みませんか。」
「…そうですね、安室さんあちらの席に移動しましょう。」


降谷のさりげない誘導で席を移った。


「これが頼まれていたものだ、金も用意してある。」
「ちゃんと入ってんだろうな。」
「も、もちろんだ。」
「…ふん、あまり長居したくねぇ、確認次第電話する。」
「あぁ…。」


重要な部分を録音することに成功した。あとから来た男はアタッシュケースと記憶媒体を受け取ると足早に去っていった。インカムで完了の合図を出す。今回の目的は接触の記録をとること、制圧することが目的ではない。あとは仲間が写真を撮れば捜査完了だ。


「七海さん、この後部屋でお話しませんか?あなたとはもう少し一緒にいたい。」
「えぇ、いいですよ。」


この場所から出る合図だ。話にのって降谷の後を追う。お金を払おうとするとここは僕がご馳走しますと払われてしまった。私が会議用に使っていた部屋のカードキーを差し出すと、降谷はうなずき受け取った。今日は車で来ているんだろう、警察官が飲酒運転をするわけにはいかない。酔いを醒ますための提案だ。エレベーターで移動し部屋に入ると安室から降谷へと戻る。


「お疲れ様、どうだった、初めての現場は。」
「お疲れ様です。私一人だったらきっと失敗してました…まだまだ力不足です。」
「昔あれだけ啖呵を切っていたから心配していたけど、自分を客観的に見れるように成長したな。」


ぽんぽんと頭を撫でられる。


「ところで降谷さん、何故ここへ?お仕事は大丈夫なんですか?」
「…それどころじゃなかったよ。初の現場で銃を用意させたなんて上官から言われたら。」
「…心配してくださったんですね。」
「お前にはまだ早すぎる。できればあまり外へは出したくないんだよ。」


この言葉の意味は"後輩への率直な心配"。やっぱり、降谷さんにとって私は"後輩"というくくりのままなのだ。



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"それどころじゃない"はあしらう言葉から焦りへと改変しました。
物語の関係上のことなので多めに見てください。 梨花子

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