Jimpei Matsuda



「松田っていつも煙草吸ってるよね。」
「ん?あぁ。」
「美味しいの、それ。」
「別にうまいから吸ってるわけじゃねぇよ。」


わたしも吸おうかな、なんて言えばいつも松田は、やめとけという。自分は吸ってる癖に。一本でいいから、といっても松田は頑なに拒んだ。この会話は頻繁に繰り返され
ており、今日も進展する様子はない。不毛な会話をしつつも、昼ご飯のコンビニ弁当のふたを開ければ、ふわりとおいしそうな唐揚げの香りが漂ってきた。


「…水野、俺以外に煙草くれって言ってんじゃねぇだろうな。」
「まさか。そもそも煙草吸ってて仲いいの松田ぐらいしかいないし。」
「ふーん。」


聞いておいてその反応はなんだ、と言いたかったが唐揚げを食べていたのでやめた。対して松田はおいしそうなチャーハン。一口ほしいな、なんて考えているとそれを悟ったのであろう松田は、スプーンを手渡してきた。


「唐揚げ1個な。」
「しょうがないなぁ。あ、紅ショウガもらうね。」
「おう。」


端によけられた紅ショウガは常に私担当だ。大体松田の買う弁当には紅ショウガが添えられているし、それを口実に一口もらうのも恒例となっている。一口のチャーハンに紅ショウガをたっぷりのせて堪能していると、私の弁当から一番大きな唐揚げが消えていた。毎度のことなので今更怒りはしない。満足してスプーンを返すと、じっと見ていた松田と目が合う。


「つーか、なんで煙草吸ってみたいんだ?」
「…別に、ちょっと興味があっただけ。」


返答は嘘ではない。少しだけごまかした、それだけ。松田の性格上これ以上言及してくることもないだろう。しかしその予想は大きく外れることとなる。


「女が煙草に興味って言ったら、好きな男が煙草吸ってるとかそんな感じだろ。」


思わず息をのんだ。あからさまな私の変化を松田は見逃さなかった。まじかよ、なんて聞こえた気がした。



『煙草吸ってて仲がいいの松田ぐらいしかいないし。』



こんな一言を言った後であの反応。誰だって察することが出来るだろう。恥ずかしい、穴があったら入りたい。俯いて弁当のケースを強く握ってしまい、音が鳴った。松田も松田だ。いつもの調子でからかってくれればいいものを。俯いた範囲で、ちらりと様子を窺えば煙草の箱を握りしめていた。


「俺、うぬぼれとかじゃねぇよな。」
「え。」


その言葉に顔をあげてみるとサングラスで顔の大体の部分は隠れているものの、赤い耳が覗いている。そんな反応をされると困ってしまう、私の一方通行な思いだと思っていたのに。こっち見るなと言われ、手で塞がれて目の前が真っ暗になる。


「お前に煙草は似合わないけど味ならやるよ。」


熱を持った唇に、ミントの味がした。


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