Rei Furuya



"今日会えないか。"いきなり送られてきたメールのアドレスに心当たりはなく、迷惑メールと勘違いされてもおかしくないものだ。しかし、このメールを送ってきた相手に心当たりがある。1年前の今日、私の前から失踪した友達以上恋人未満の男。名を降谷零という。


1年前、東都タワーの展望台で私は零に告白をした。その日は七夕で、多くのカップルが東都タワーから空を眺め、愛の言葉をささやき合っていた。私も例に漏れずロマンチックなことが好きで、七夕にあやかって零に積年の想いを告げることを決めたのだ。柄にもなくふわふわした服なんか着て、髪も撒いて、願いが叶うようにと星のイアリングをつけて準備だけはばっちりだった。それを零も褒めてくれたし、順調に事は運んでいると確信していた。"私、零のこと友達としてじゃなく異性として好き。付き合ってください。"一世一代の告白を頬を赤らめながら伝えた後、零は驚いた顔をしたのを覚えている。返事をするためだろう、口を開いた瞬間零の携帯がタイミング悪く鳴る。零は素早く発信先を確認した後に"ごめん。"とただ一言だけ告げて東都タワーから走り去り、忽然と姿を消したのであった。


あれから零にメール、電話をしたものの一度として返事が返ってくることはなかった。送信済みボックスを眺めながら涙が枯れるまで泣いた夜もある。でもそれは長くは続かず、最初こそ心配で何度も送り付けたメールも、時がたつにつれて少なくなっていった。心を切り替えるために新しい彼氏を作って寂しさを埋めたからだ。残念ながら今は別れてしまったが。だから、結局あの"ごめん"が告白に対してのものなのか、返事をせず去ることに対してだったのか分からないまま時は過ぎて今日に至る。…零が今更何のつもりで私に会いたいと言うんだ。とっくに告白は時効だというのに。でも会って一発ひっぱたいてやらないと私は前に進むことが出来そうにない。彼氏と付き合っていても時折思い出すのは東都タワーでの光景だった。心のどこかで引きずっているのだと思う。"東都タワーで待っています。"という簡素なメールを返して、私はあの日と同じ格好で向かうことを決めた。


東都タワーのエレベーターで展望台へ向かえば、今年もカップルでひしめき合っている。今年は大雨だというのにご苦労なことだ。女一人は肩身が狭く、好奇の目で見られることもしばしばで、この場所を選択したことをほんの少し後悔した。居心地の悪さを感じながら間を縫って前へと進むと、目立つ茶髪の男がガラスに手をついて空を眺めていた。後ろから私は声をかける。


「この雨では星は見えないよ。」
「…七海か。来てくれてありがとう。」


零はガラスから手を離して振り向いた。私と同じように零も1年前と変わらない格好で来ていた。変わったのは表情が固くなったぐらいだろうか。肩が触れない程度に近づいて横に並ぶと、攻め立てるように私は今更どういうつもり、問う。


「あの日の返事をしなければと思って。」
「だからそれは今更でしょう?一年前よ、とっくに時効。…私が聞きたいのは何故姿を消したのか、それだけだから。」


私が言えば、零は困ったように眉を下げる。この期に及んで返事とは呆れたものだ。1年間気持ちが変わらないとでも思っていたのだろうか。あんなに酷い去り方をしておいて。もう一度きちんと振られてみろ、私はとてもじゃないが立ち直れる気がしない。


「突然いなくなったのはすまなかった。仕事上仕方ないことだったんだ。許してほしい。」
「なんでちゃんと言ってくれなかったの?私はそんなに信用ない女だった?」
「…すまない。」


連絡が取れなかったことに関してもすまない、と一言詫びるだけで理由を明確に話そうとしない零に段々私は苛立ちを感じてきた。このままでは理不尽に当たってしまうかもしれない。きっと会話を続けても私の知りたい答えが返ってくることはないだろう。服の裾を皴になりそうなぐらいに握りしめながら無理に笑顔を作った。


「…悪いけどもう帰るわ。やっぱりあの日に終わらせるべきだったみたい。」


踵を返してエレベーターの方へと向かう。止めようとした零の焦る声が聞こえてくるが、振り向かず前へと進んだ。幸いにも混んだフロアは私と零を簡単に引き裂く。行き場のない気持ちに自然と涙が流れてきた。引っぱたいてやろうと意気込んできたのに私が泣いては本末転倒である。バッグの底に入っているであろうハンカチを引っ張り出そうと通路脇に寄ると、腕を引かれて誰かの胸に押しつけられる。私が離れないようにと痛いぐらいに押さえつけてくる腕は、わずかに震えていた。顔を見ずとも、誰が抱きしめているかはすぐにわかってしまう。この狭い展望台では逃げても無駄だったようだ。


「泣かせてごめん。」
「…ごめんは聞き飽きたよ。」
「どうしても伝えたいことがあった。ここから先、お前が嫌なら返事はしなくていい。聞くだけ聞いてほしい。」


零は抱いていた腕を離して肩を掴む。


「俺は七海がずっと好きだった。何も告げずに去って傷つけてしまったから付き合ってくれとは言えない。…それでも俺の手を取ってくれるならば二度と離さないことを誓う。」
「…馬鹿ね。時効だと言ったはずよ。」
「お前からの告白は、な。俺からの告白の時効はまだ先だ。」


都合のいい男だ。私の告白は1年置いて、自分はこの場で返事をもらおうだなんて。でも零の真剣な目を見ていると想いに答えてしまいたい自分がいるのも確かで、戸惑ってしまう。ずっと忘れられなかったのだから。意を決して口を開く。


「悪いけどあの日のことがあるから零のことは信用できない。」
「…そう、か。そうだよな。」
「だから来年この場所でまた私のことを好きだと言えたらその時は答えてあげる。」


肩に置かれた手を払って私は再びエレベーターへと向かった。せいぜい苦しむがいい。1年は生半可な気持ちでは耐えることが出来ないだろう。零がどれほど持つか楽しみだ。引っぱたくつもりだっただったのにそれ以上のお仕置きを与えることが出来た私の心はすっかり晴れていた。


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