エンジェリック・ハゥル(くろねこやまとさん/あおたさん)

ある日の休日、あおたが台所でうんうんと唸っていた。
「うーん…」
「あれ、どうしたの?」
台所で唸る、なんて珍事を首を傾げて見て見れば、11本の分断されたにんじんを前にしてとても難しげに悩んでいる。とても奇妙な光景ではあるが、その奇妙さは愛しさでカバーできてしまう。背後から抱きしめれば、刃物持ってるし危ないよ、なんて注意をされるがまあ、それはどうでもいい。
「で、なにやってんの」
先を促すとあおたはうん、と一呼吸を置いて首だけを捻って見上げてきた。
「凄く変なことなんだけどいいかな…」
「うん、構わないよ」
あおたのことだったら余程のことじゃないかぎりは許そう、余程を超えていなければ、だが。そして、あおたはそのにんじんの欠片を一つ摘みあげて包丁を目の前のシンクに置いた。
「この間ね、なんのテレビかは忘れちゃったんだけどね…」
「うん」
優しくうなずき返せば、そのね、なんて反芻する可愛い反応を見せてくれる。その愛くるしさににやけそうになる頬を正す。
「11本の分断された人参を12本に増やす…っていうのやっててね」
「それをやろうとした、のかな」
多分今日の夕飯は人参メインでどうせならそのトリックに挑戦しようとして挫折したのだろう、なんて納得してその人参を見つめる。そのテレビがどんなのかは知らないがあおたの興味を惹くのが心底むかつく半分、あおたの珍しく苦悶する表情を見れて感謝半分である。そして、その人参を二人して見つめること5分。何度かあおたが組み替えて12本目を作ろうとするが失敗している。あおたはぼそぼそとやっぱり、へたが足りない、なんて呟いている。そしてそこからさらに五分、なんとなくだがくろねこやまとの中では回答が導き出された、否、とある記憶がリフレインした。
「それって、マイナスはあり?」
「え、マイナス…?」
「そう」
マイナス、なんて独り言のように呟き、あおたの回答を待たずしてそのパズルを動かす。まず、切断面の類似しているもので12本目を作る。その作業はちょっと歪だが問題なく終了し、次にヘタを全部場外へ追い出す。
「そのテレビこうしてなかった?」
そうヘタが足りないから12本目が作れないなんて固定観念でしかない。だったらそのヘタを取り除いてしまえばいいのだ。あおたの回答を待つようにつむじの上で首を揺らせば、あおたが嬉々とした声を上げた。
「そうだ…、これだ、答え。ヤマトくんのおかげだよ…」
パズルが解けて嬉しさを前面に笑うあおたを見て、満足する。どうやらあおたが欲しているものを与えられたようだ、と。
「でも、どうして分かったの…?僕全然分からなかったよ…」
答え見てたはずなのにね、なんて苦笑している。答えは単純明快でしかない。それはとてもチープな映画の中での出来事である。
「いや、俺も忘れたんだけどさ。どっかで似た様な死体の処理を聞いたんだよ」
「死体の…?」
不思議そうに見上げてくるあおたを反転させ、顎をがっと掴む。瞳を覗き込むようにあわせれば、あおたは不思議そうに見つめ返してくる。
「主人公の友人がね、同級生を殺すんだけど、その場で自分も死んでたことにした方が都合がよかったんだ」
そして包丁を手にとって目の前で躍らせる。まるでその行為は、これからお前の首を切るぞ、といわんばかりのそれである。
「そしてね、主人公の友人は同級生を惨殺してね、その遺体を切り刻んだ、こうやって輪切りに」
キスができるほどの至近距離、あおたの首の後ろ、うなじに包丁をあてがう。あおたは困ったように見つめながらもその表情はどこか恍惚としている。ぼんやりとその瞳だけが情欲を燃やしている。
「でね、その首を主人公の友人は全て持ち去って」
刃物が食い込むスレスレこの奇妙なスリルに酔う。
「晴れて、同級生全員プラス一人の首なし惨殺死体ができあがったんだ」
刹那、横に流れる包丁。
「ぁ…」
お互いに呼吸が止まる。視線が交錯する。それはただ首の皮一枚を切っただけなのに。あおたが膝から崩れ落ちそうになるのを顎をつかんでいた手を腰に回して防ぎ。包丁をシンクの上に置く。あおたは言葉にできないような、オスを刺激するためだけのような表情で荒い息を吐きながらくろねこやまとの名前を呼んだ。その声は情事の最中とは比べ物にならないくらいの色香を含み、艶が張っている。濡れた瞳はくろねこやまとの情欲を掻き立てて。
(最高だね)
知らず知らずのうちにくろねこやまとの吐息も熱さを孕んでいた。そのまま唇を奪い、啄ばみ、離す。
「なに、興奮しちゃった?」
声も出ぬままに頷くあおた。口元が歪む。釣りあがって、艶めかしい毒を吐かす。あぁ、知らぬ間に自分もあてられていたなんて思いながら、それでもいいと思考を放棄する。
「でも」
片手をあおたの首にかける。
「此処から先はやンねーよ?」
自分でも力を込めたい、この狂おしいほどの暴力をぶつけたい衝動。だがこの衝動をぶつけてしまえば目の前の小鹿のようなあおたは死んでしまうだろう。だから。
「とりあえずは」
息が荒くなる。これで自分も我慢、あおたも我慢といわんばかりに乱暴にその唇を奪った。







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