誰そ彼の黄昏(絆創膏さん/望月さん)

それはある日の出来事。公園で素材探しをしていた日のことだ。一味のストックも尽きて、そろそろ彼女を愛でようと腰を浮かせようとしたところ。
「そこの青年」
「は?」
声をかけられて振り向けば、一升瓶を片手に持つ和服の男が立っていた。その雰囲気はどこか浮世離れしていて、絆創膏の警戒心というものが警報を鳴り響かせる。この男は危険だ、と。逃げようと体をこわばらせる。
「逃げようとはおもわんでくれ、今日は愛でる華もいなくて暇なんだ」
考えを見透かされて、舌打ちをしながら力を抜く。この状況、何故か自分が不利な気がしてならない、そう、この場から逃げようと足を駆け出そうものなら銃弾が飛んできそうな、まるでここが唯一のセーフゾーンであるかのような気持ちにすらなる。そんな不気味な気持ちを抑え、瞳を伏せながら口を開く。
「俺に、何のようですか」
喉がひりひりと渇く。だが、飲むべき一味もストックを切らしている。あったとしても、この状況では飲めないだろうが。
「いや、なに、俺の話にちょいと付き合ってくれればいいんだが」
和服の男の瞳が持ち上がる。
(っ…)
からめとられる、目を合わせただけで呼吸が詰まる。まるで見えない手に喉を絞められているような感覚に陥る。手を握り締め、爪による痛みによって正気を保つ。どうしようもなく、今、絆創膏はなすすべがない。
「付き合ってくれるよな」
問いかけのようだが問いかけではない、決定事項。首が勝手に縦に動いてしまう。その動きを見て男は自分の隣に腰掛けて一升瓶を煽る。
「いやなに、俺はさっきな“快楽主義者は長生きできない”との文章を見てな」
ぐびぐび、一息つくごとにまるで息をするように酒を煽る。当然ながらとても酒臭い、近くに居るだけでこちらも酒気に当てられそうだ。だが、この酒気にも恐怖にも飲まれるわけにはいかない、家には可愛い可愛い彼女が小言を言いながらも待っていてくれるのだから。
「はい」
淡々と極力恐怖心をそぎ落として返事をすれば、硬くなるなよ、なんて言われる。
「でな、快楽主義者と偏に言っても色々あるだろう?」
「ありますね…」
無難に、地雷を踏まないように。それが迅速に彼女の元へ無事に帰るための道である。あの美しい丸い耽美な姿をを想像してひたすらに目の前の恐怖をやり過ごす。
「俺は見てのとおり酒乱だ、これも快楽主義だろう。だが、言いようによっては拒食も、過食も、喫煙も、人を愛するという行為も全て快楽があるからやることだ」
目の前の男を現すのならきっと蛇だ。蛇のように悠々自適に追いかけてきて、思惑通りにぱくりと捕食する。恐ろしい蛇。生唾を飲み込む、この蛇のような男が今にも自分を食ってしまうんじゃないかなんて馬鹿みたいな妄想に取り付かれながら。
「まあ、ようは程度の問題なのだがな、そういうブレーキが壊れている人間のことを快楽主義者と呼ぶんだ」
「ブレーキのない乗り物はいつか脱線しますからね…」
分かってるな、とまたけらけらと笑われる。だが、こっちにそんな気軽さは微塵もなく。
「さて、此処からが本題だ」
一際低い声が絆創膏を威嚇する。和服の男はにたりと笑いながら立ち上がり絆創膏の目の前に立つ。その姿は蛇が蝙蝠を纏うような。だが、その伸びる腕は蟷螂の鎌のような。鎌が自分の頬を持ち上げる。動いたら死ぬ、と頭の中の警報が意識を剥奪しようとする。だが、それをしてしまったら次はきっと目も覚ませずに彼女にも会えないだろう。そんな予想を盾に必死に意識を紡ぐ。耳元に蛇の口が寄る、蟷螂の手が食い込む。
「お前はどっちだ?」

その先は記憶すらあやふやだった。自分があれほど気圧された経験は少ない。男が立ち去った後どっと汗が噴出した。背中が、掌が。汗でべとべとになり、脱力する。なんの運動もしてないのに、まだ心臓が早鐘を打っている。
「は…あ…」
あえぐように呼吸をすれば、やっと心臓の音がゆったりとしたいつものペースに戻ってくれる。
(っ…)
あの後、思い出すのもおぞましいあの後。絆創膏は完璧に言葉を紡げなくなっていた、呼吸をして、ひゅーひゅーと音を出すだけのたんぱく質に成り果てていた。そんな様子を見兼ねてか、はたまた見捨ててか男は去っていた。
“まあ、お前さんが早死にしないことを祈ってやろう”
そう大声で笑いながらとても身勝手に去っていった。
(なんだったんでしょう…)
前のめりになって心臓を押さえながら、実は白昼夢だったのではないか、なんて考えてみるも、自分の頬に残る感触が、耳を撫でる音が、酒の移り香がそれを否定する。あれは現実だったのだと。そして、思考する。
「早死にですか…」
快楽主義者の早死に、先の理論は確かにそうだ。多分自分だって例外はないだろう、だが、今の生活をやめるか?と問われればNOである。あんな男に会った後ですらもそう胸を張って答えられるだろう、どれだけ怖くてもインテリアを作ることも彼女を愛することもやめられない。
「やめられませんよ、こんな、こんな」
口元を吊り上げる。そうだ、やめられない。
「こんな楽しい人生は!」
恐怖を払拭するようなその叫びは夕暮れの黄昏の空に響き渡った。







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