恋桜(くろねこやまとさん/椿さん)


「ヤマト」
凛とした声。その姿は至高。
「はいよ、椿嬢」
抱きかかえられるその姿はまさしく人離れした人形。この世の何よりも美しくあれ、賛美を受けよと作り変えられたその姿はまさに、乙女。

「そうね、今日あとは買うものあったかしら」
本日は新しい反物や簪が欲しくなったために、ヤマトを連れて買い物にきているのだが如何せん早くに用事が終わってしまった。ヤマトもんばにかないかと思い出そうと頭を悩ませているが、その様子から見てないらしい。だけど、今は帰りたくない。帰ればまた兄がいるだろうから、そして、ヤマトがまた危険に晒されるだろうから。
「結構外に長くいたし、そろそろ戻るのはどうかな?」
ヤマトの提案に首をぶんぶんと振る。荷物はもう家に届けるよう手配してあるのでヤマトは疲れては居ないはずだ、そう願う。
「うーん、んじゃあ、まあ…カフェによるのはどう?」
カフェ、とはなんだろう。と首を傾げてしまう。だけど、これは分からない言葉を使うほうが悪いと思う、そんな雰囲気をちょっと纏わせればヤマトは困ったように眉を八の字に寄せて、片腕で街の中の建物を指差した。
「現代の甘味所というか、まあ、なんというか」
なるほど、そういわれれば分かる。現代の、とつけるということは洋菓子などが置いてあるのだろう、家ではあまり食したことのないものである興味もわく。
「そう、じゃあ、寄りましょう。その、かふぇ、とやらに」
「あいよ、椿嬢」
返事と共に、ヤマトは眩しい位の微笑みを見せた。

結局というか、当然の成り行きというか、椿は座席で待ち、ヤマトが注文をしてくるという形になった。ちょっとついていきたい気持ちもあったが、あの、人の多さはその心を綺麗に打ち砕いてくれた。ということで暇をもてあまし、ぼんやりと俗世を眺める、そこには沢山のなりそこないがいた。女というにはあまりにも汚泥じみていて、自分よりも劣るものに溢れている。だが。だが、もしヤマトがあれらを美として愛でたら、という疑問が降ってわく。
(っ、私より美しいものなんてあるものですか…)
そう結論付けるも胸がはやる。自分の姿は人としては美しく、完璧な乙女であろう。では、それ以外は?街に遊ぶ形式上の女たちは動きやすい服装で、男の腕を引っ張りはしゃいでいる。その笑顔は自分が劣等感を抱くほどにまぶしいものがある。自分は、あぁは笑えない。
「洋物の反物も取り入れてみるべきかしらね」
「洋服か?」
ばっと振り向けば、そこには盆を持ったヤマトが居た。ヤマトは緑色、恐らく抹茶だろう飲み物を椿の前に置き、小豆の入ったパン、みたいなものを添えてくれた。そして、目の前の席についてヤマト自信は黒い液体を飲んでいる。
「椿嬢?」
はっとして我に返る。今まで見たことのないものの情報量に圧倒されていた。適当な返事を返して、目の前の飲料を手にとる。
「…?…ん…?」
首を傾げる、はて、これはどう飲むのだろう。ヤマトにちら、と視線を送れば、ヤマトは細長い筒に口をつけている。なるほど、と思い細長い筒に口をつける。数秒、液体は全然口に届かない。どう飲むのか聞くのは容易いが、それはヤマトを幻滅させてしまうのではないか、なんて後から考えれば変なプライドが邪魔をして聞けない。そして、数十秒飲み物と格闘していると。
「椿嬢?」
「な、なによ」
じとっと見つめればヤマトは苦笑しながら、自分の飲んでいた飲み物から口を離し、椿の前に置いた。
「この筒は吸わなきゃ飲めないからな」
その苦笑すら眩しくて、口をぱくぱくと何回か魚のようにさせてから知ってるわよ!と返せば、へえへえ、なんて頷いてくれる。そして、言われたとおり吸ってみればあっさりと飲料が口に入ってくる。そして、数秒。
「美味しいわ…」
紙ナプキンで口を拭う。その味は抹茶には程遠く雑多で猥雑な味ではあるが、不思議と心惹かれる味である。小豆の入ったパンらしきものをフォークで切り分けて口をつけてみるとそれもまた不思議な味がした。そして、同時に自分が無知な存在と言われているような気がした。
「椿嬢はそれ好き?」
「え?」
熱心に食べているときに唐突に振られ顔を上げると楽しげに微笑むヤマトの姿があった。
「あ、動かないで」
ヤマトが唐突に腕を伸ばして頬を指で拭ってくれる。
「へ…?」
顔に熱が集まる。
「いや、口元にクリームついてたからさ」
「へ、あ、そうね。なら、言いなさいよ」
じとっと睨めば両手を挙げて降参のポーズをされる。むすっとしながらも甘味のおかげでそこまで機嫌は悪くならない。そこで、はっと思い至る。何故か今日の自分はペースが乱されていると。この一喜一憂はなんなのか、と。ヤマトのほうをちらりと盗み見れば、猥雑な街をぼーっと眺めている。その瞳は何処までも何も写していなくて。
(私を、写してはくれないのね)
命を捧げるといわれた、契約のあの日。だというのに、何かが足りない気がする。胸が針でつつかれたようにちくりと痛む。だが、そこでハッとする。
(何、ボディーガードに振り回されているのかしら)
そうだ、ヤマトの全ては自分のものである。だから何を危惧する必要があるのだろうか。そう考えると段々悩んでいたのがバカらしくなってくる。溜息をついて、甘味の最後の一欠けらを口に放り込む。飲料を飲み干して、口を拭けば気付いたヤマトが全てを下げてきてくれる。そうだ、此処まで意思疎通できているのだから、自分の気持ちは伝わっているハズ。はやる胸を押さえていると、ヤマトが戻ってきてくれる。
「ヤマト、行きましょう」
そう口にすれば、あいよ、なんて呟いて椿のことを抱えあげてくれる。そして、ヤマトにもたれ掛かりながら胸の中で問う。
(貴女は、私のものよね…?)







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