ハーモニクスバイタリティ(舞白さん/望月さん)

「お前は人間の行き着く先がどこだと思う?」
哲学的な。いつもの兄が考えることだとは思えない、そこから推測する辺り兄はなにか本でも読んだのかもしれない、それも、珍しく。
「はあ…」
曖昧に頷く。兄の質問には強制力も拘束力もない、だが、血という縛りのせいかなんとなくコミュニケーションをとらないといけないって気になってしまうのだ。
(人間の、行き着く、先)
それは精神的に、肉体的に。まず兄が求めている答えはどっちだろう、そう思いながら情報収集のために兄の周囲、兄の挙動を見る。そして、兄の目の前に置かれていた本が目に付いたのだ。表紙はもうかすれて読めない、だが、その作者の名前には見覚えがあり。
「かかっ、意外か?兄がそのような本をよむのが」
昼間だというのに本日何本目かも分からない、焼酎瓶を片手に大仰に笑う兄に、溜息をつきながら答える。
「意外というより、なんというか…」
答えにつまり、もう一回諦めたように溜息をついて、問いの答えを正しく導き出す。そう、正しく。
「人が双曲線的思考をなげうち、合理性のみを求めたらその先には意識を廃した完璧な人間が出来上がる、でしょうか…」
そして、それを自分の答えに置き換える。この場合兄が求めているのは恐らく、舞白という一個人の意見よりも自分が納得いく回答でしかないだろう、と推測したからだ。兄はその答えを聞いてつまらんというように焼酎瓶を煽った。
「それがお前の答えか舞白よ」
兄が焼酎瓶を放って。
「っう…」
舞白の襟首をガッとつかんだ。息が詰まる、兄の近すぎる顔から香る上等な酒の匂いがひたすらに心をざわつかせる。
「だとしたら、お前はどうだというのだ!今まで完璧、に近づけるために育て上げられてきた!」
言葉の先が予想できる。めんどくさい絡まれ方をしている、なんて脳裏で思いながらも兄は体のつくりがよく力ではかなわない。ので、脱出も不可能となる。
「だというのに」
心の衝撃に備える。そうだ、先は予想できる。ただ、自分は絡まれているだけだと言い聞かせながら、心を抉る刃に耐えてみせる。
「なのに、お前は何よりも遠い!遥かに!完璧な人間から!」
今きっと自分は魔女の真っ赤に焼かれた拷問器具で心をぶちり、ぶちりともぎ取られていっているのだろう。でも、その喘ぎは不要。自分が我慢すればいいのだ、そうすれば兄はまた興味をなくして別の場所に行くのだから。
「お前が完璧性と利便性を兼ね備えた結果がそれだ!」
大笑いし、嘲笑を浮かべる兄にただ意思のない視線を送る。だから、だから。
「お前は完璧になるにつれて完璧という存在から離れていく!」
心が遠くで音を立てて。
「そして、意識が細分化されて、細切れになって!」
もぎ取られ、残骸となった先の心が。
「もうお前という存在は残ってないのだろうな!」
頬をつかむその腕をばしんとなぎ払う。そこで、××の意識はなくなった。


「…」
目が覚めたら、喉がかれていた。なにも覚えてない。覚えていない。自分はあのとき、小説を読んで。読んで。
「…?」
頬が涙に濡れたあとのようにちりっと痛んだ。なんだろう、悪い夢でも見ていたのだろうか。枕元に置かれた水を飲み下して立ち上がる。あぁ、そういえば悪い夢だったような気がする。ぼうっとする頭をとんとんとして、意識が完全に浮上するのを待つ。現在時刻は14時。寝すぎた、なんて思いながら朝食をとろうと着替えようとすれば。自分が私服である和服を着ていることに気付き、どうやら昨夜寝る前の自分はとんでもなく慌てていたらしい。それか余程眠かったのか。和服で寝てしまうなんて。そんなことを考えながら新しい和服を出して、袖を通す。
「はあ…」
喉が痛いせいで声を出すのも億劫だ。階下に行くのも何故か足が竦む。
だが、そうだらけてはいけないと自分を律して帯を締めて部屋の扉を開ける。酒の匂いが廊下に溢れている、また兄は換気もせずに飲んだくれているのか、なんてうんざりとしながら二階の部屋の扉を片っ端から開けていく。
“それが時間稼ぎのつもりか?”
「…?」
一瞬何か聞こえたような気がしたが、寝すぎたのだろう、まだ、自分は白昼夢の中に居るらしい。溜息をついて頭をかるくとんとんと叩いて、自分の部屋の窓を最後に開ける。吹き抜ける風が痛い、伝った涙のあとを刺激する。
「顔を洗ったほうがいいね」
肩を落として、階下へ降りる。洗面所へ先へ向い顔を荒い、目元がはれぼったくなっているのを見て、昨夜見たであろう悪夢に少し恐怖心を覚える。自分を此処まで追い詰めた悪夢はどんなものであったのだろうか、と。同時に、それを覚えていなくてよかった、と。洗面所を抜けて広間となった部屋に行けば、豪奢なソファに横たわる兄が居た。
「のう、舞白よ」
何故だろうか、兄の楽しげに嗤う顔が今日はとても恐ろしく見えた。







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