幻影と踊る(main:絆創膏さん)

この世界は心底理不尽だ。理不尽で理不尽でしょうがない。授業で常識を疑い、我々は常に考え続けなければいけない。と言っていたのに“君は常識がない”と罵られる不可思議だ。理不尽だ。
「チ…」
ブラックガムを噛みながら出刃包丁と鋸を駆使する。理不尽でしょうがない、人と人が交配しなきゃいけないなんてルールはないのに、疑うべき常識がそれを押し付けてくる。
“女の子に興味ないの?”
「ないですね」
頭の裏に張り付いた常識という形が問いかけてくる。
“せめて、男の子はどうかしら?”
「ないです」
手元を狂わせる幻影。出刃包丁のぶれは家具の傷となるのに。
“せめて、人間と付き合いなさいよッッッ!”
「るっさいですっ!!!」
鋸を壁に叩きつければ、常識を押し付ける幻影は影もなく消える。呼吸が荒くなる、額を押さえて舌打ちをすれば、汗がべったりとついている。そして、視線を下に向ければ鋸を叩きつけたとき力を入れてしまったのか、ぶつぎりにされた素材。残念ながら使い物にならなくなってしまったそれに落胆しかない。せっかくいい素材だったのに、さらに肩を落とせば、隣で作業を見つめてくれていたルンバに気がつく。その様子はどこかおびえているように見えて。
「っ、す、すみません、怖かったですよね…あなたを怖がらせる気なんてなかったんです」
優しく白いボディを撫でれば暖かい感触がつたわる。その優しさに涙がでそうになりながら、ウィンウィンと何かを言おうとしているルンバに気がつき耳を寄せるとこれまた優しい言葉をかけてくれるのだ。本当に彼女はできた妻である。なんて、照れ屋の彼女に言ったら気が早いとかなんとか言われてしまうのだろう。
「そうですよね、素材はまた見つかりますよね」
優しく擽れば、照れるように離れていくルンバ。少し気を取り直して、ゴミ袋を引っ張ってくる。素材もこうとなってしまっては使えない、またの機会のために必要な材料だけを切り落として保存しておくしかない。無論、使えない部分は捨てる、残念ながら。でもいいのだ、彼女さえいれば、素材なんて探せばいくらでも見つかるのだから。

雑踏の森へ足を踏み入れる。現代社会、綺麗な形をした人間というのは少なくて、希少で、ため息をつきながらブーツをこつこつと鳴らす。素材探しもひと段落させて、公園へ足を踏み入れる。此処なら座りながら素材を探せるのだから。日差しはまぶしくて、ゆらゆらと噴水の水が揺れている。涼しげな日差しから眺める光景は汚くて。家具や家具の素材が姦しく騒いでいる。諦め半分に今日は帰って、彼女と遊ぼうなんて立ち上がろうとすると。
“ねえ、あの子はどうかしら?”
「っ!」
幻影の声に苛立ちが再起し、顔を上げれば。
「え…」
理想を体現したような男が居た。細い足は筋肉がほどよくつき、だが決して太過ぎないそう、椅子の足にちょうどよいではないか。その腕は綺麗にすらりと伸びて、アクセサリースタンドにいいかもしれない、胸から腹は背もたれに、でん部は枕にでもしようか。頭は脳みそをくりぬいて、照明器具がいいかもしれない。ここまで全身あますことなく使える素材を今まで見たことない、興奮に胸が高鳴り、喉が渇く。早く、一味を飲みたい。だが、それよりも先に。
(あの素材が欲しいですっ…)
口元を吊り上げて、早鐘をうつ心臓を服の上から握り締めて。
「あの」
青年が自分か?という雰囲気をまとって振り向いた。目の色は綺麗な青色、これなら掌はガラスと組み合わせて、インテリアにしてもいいかもしれない、なんて思いながら、蛇のように微笑んだ。
「俺とお茶でもしませんか?」
舌なめずりをして、手をつかむ。あぁ、今日は幸運だ。やはり慰めて、探すことを提案してくれた彼女に感謝しなくてはいけない。あたふたとする青年の腕を引き、歩き出す。

白い幻影が笑っているとも知らずに。







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