倒 錯わぁる ど

後悔で窒息する前に
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※「模擬恋人認識実験」をお読みになってからご覧ください。

ゆらり、ゆらめく影の後ろをただ呆然と見つめることしかできない僕がいた。見たくないのに目を離すことができない。体が小刻みに震える、視界が霞む。それでも僕が彼のことを見間違えるはずがなかった。さらさらで綺麗な色素の薄い髪、怒ると怖いけれど整った顔。ずっとずっと好きだった人。絶対に誰も隣に置こうとはせず、一人で孤独な世界で生きているような人だった。そんな彼の隣には幸せそうに破顔する一人の少年。夕日のせいか二人の頬はほんのりと赤みを帯びている。あの彼が、周囲をすべて異物だと言い張る彼が、隣にあの少年がいることを許したのだ。もしくは彼自身少年が隣にいることを望んだのかもしれない。でなければあんな風に、触れることすら許してもらえないはずなのに。僕の異変に気付いた、抱きかかえている野良猫がすり、と僕に頭をくっつけてくる。僕はああいう風になれなかった。でもああいう風に、彼が隣に人を置く可能性があったのならば、僕がきっと足りていなかっただけ。憧れるだけじゃあ、片思いで満足するだけじゃあ、彼の隣で笑うことはできない。きっと、努力と強い意志がなければ彼のことは動かせないだろう。ずっと見ていたんだから、それくらいわかる。す、と視界が遮られた。それが人の手であることはわかったし、それが誰のものかもわかる。

「……べり、くん」
「あれ、1個上のウジ虫王子だろ。そんな今にも死にそうな顔するほど好きだった?」
「そんなこと、ないよ、ただ…憧れだっただけ、」

王子様みたいにきらきらした彼の隣に自分がいるなんて想像もしなかった。だけど、彼の隣には誰かが定位置として居座れるなんてことも、考えられない。べりくんのあったかい手のひらが、僕の涙を誘発する。控えめに、だけどしっかりと、僕の頬には一筋の涙が伝う。あそこに誰かが定住することができるのであれば、僕だって少年の代わりにあそこにいれたかもしれないのに。最初から諦めて、見るだけにとどめて、何も行動しなかったのは僕自身なのに悔しくて悲しくてしょうがない。

「…みおくんがね、僕を必要としないことくらい知ってた」
「ん」
「というか、みおくんは誰もいなくても生きていけて僕みたいに誰かに必要としないと生きていけないような人からすればとってもすごい人なんだ」

じわじわと言葉を紡ぐたびに溢れ出す涙はぼたぼたと地面に落ちていく。しょっぱい。べりくんの力が強くなって、後ろから抱きしめてくる。とくとく、と頼りなく響く心臓の音を背に感じながら僕はすでに遮られて見えない彼らの後ろ姿を想像するのさえ嫌で、目をゆっくりと閉じた。その途端目尻に溜まっている涙が弾けるように目から落ちる。

「そんな人がだよ?世界でたった一人、隣に人を置くことを許したんだ。すごいことなんだ、今の光景は。」
「颯羽はあそこに立ちたかったか?」
「…できることなら……っ、そうしたかったよ…!」

僕はべりくんの手を払い、向かい合う形をとった。べりくんは眉ひとつ動かさずただひたすら僕のことを見守っている。僕はべりくんの服をぎゅっと掴んで俯いた。何にいらいらしているのか、何が悔しいのか、そんなことわかっている。でもきっと僕じゃダメだった。それだけははっきりと理解できる。べりくんはぽんぽんと頭を撫でてくれた。全部、全部、僕がいけないのに、あの少年は絶対に悪くないのに、それでもあの少年のあの場所が宝石みたいにきらきらしていて、最初から誰でもあれを手に入れることができたのだと少年のおかげで気づかされたのが途方もなく悲しい。ちゃんと、ちゃんと彼と向き合ってちゃんと失恋すればよかった。彼が孤独から脱却して二人で歩くのを見て失恋するくらいなら真っ向から失恋したほうが傷は浅かっただろう。僕は、それすらしなかったのだ。弱い自分が吐き気がするくらい嫌になる。

「好きだった、ずっと、好きだったよ」

本人に聞こえない告白は、涙とともに地面にぶつかる。ぶつかって砕けた想いは目の前の彼に突き刺さるように、傷つけることに気づかない。彼は小さく「お前を泣かせるような奴、最初から好きになんかなるなよ、」と仄かに怒りを携えた目をしながらつぶやいた。


 

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