倒 錯わぁる ど

・重罪のエンゲージリング
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「はい、僕に嘘ついたでしょ〜。お見通しなんだからね。」
「ふぅん、人殺しか。どんな方法使ったの?逃げ延びてここに?それとも殺されて?答えなくてもいいよ。わかるから。」
「…貴方、随分楽しそうじゃないですか。泣いていた貴方は貴方じゃなかったのですか?」
「あ、ロク。来てたんだね。」

僕はもう着慣れてしまった服をひらりとはためかせて困惑するロクに手を振った。目を合わせようとも思ったけれどロクみたいに多く目玉を持ち合わせていない僕は、どこに視線をやるべきか迷い結果目を合わせることはやめる。僕は確かに前任の閻魔から今の地位を譲りあかされた時に泣いて嫌がった。そりゃあもう、殺してくれってくらいに泣いた。僕は自分で他者を暴きだすのが趣味であって特権があっては意味がないと思っていたからだ。生きる楽しみが奪われてしまったらそりゃ、泣くだろう。しかし今となっては現世で生活した時間よりもきっと地獄にいる時間のほうが長くなってしまった。だから今では生きる楽しみなんてどうでもいいのである。まるで神のように人の行くべき場所を決める。そんな優位を楽しまなくては損というものだ。といってもうぬぼれがどれくらい怖いものなのか僕はよくよく知っているので自分のことを能力以上に誇張したりしない。僕ができることには限りがあるし現世で生きていた僕が今の僕を見たら気持ち悪いというかもしれない。しかし地獄とはそういうところなのだ。人を変えてしまう。地獄と現世の時間の経過はきっと違うのだろう。僕は現世の僕がどんな人間だったかあまり覚えていない。人とおしゃべりすることは好きだった。きっと天真爛漫だった。しかし覚えているのはそれくらい。僕は自分の腕に刻まれた名前をぼんやりと眺めた。昔の僕が、泣いた僕が、人間だった僕が、残した遺書のような言葉。

「ミオクン」

ひらがなだと刻みにくかったんだろう。それは消えないように油性ペン…どころではない。僕の腕に文字通り刻まれた。乱雑に、しかし深く、深く、忘れるなと自分自身を自制するように。赤黒かったであろうその傷は人間の僕が閻魔になっていくにつれて色を失い、ゆっくり、ゆっくりと白く浮かんできたのだ。現世の僕にとってこの名前は痛みを伴ってでも忘れたくない名前だったのだろう。僕にはわからない。昔の僕が何を思ってこれを刻んだのか、これを見て笑っていたのか、泣いていたのか。大切な人なのか、憎い相手なのか。「君」とついているから男の人なのかもしれない。とにかく僕は裁かれる人間で「ミオ」という名前を見逃すことはなかった。そのたびに僕は質問した。まだ現世の記憶があるその人に質問した。

「愛ってなんだと思う?」

僕がぴんとくる答えを言う「ミオ」は一人としていなかった。それくらい重要人物ならもう少し詳細くらい書き残してくれてもいいじゃないかと思う。僕に人探しをしろっていうのか。ノートに外見とかいろいろ書いておいてくれても何も咎められたりしないだろうに。それとも自分はその「ミオクン」を忘れない自信があったのだろうか。それくらい、僕にとって大切な人物だったのだろうか。しかし大切だったらぴんと来てもいいはずなのだけれども。なんとなく「ああ僕現世でこの人と仲良くしてたかもなぁ」なんていう漠然とした感情はたまに抱く。確証ではなく、本当にただの勘。当てずっぽうなのだけれども。漆のような髪のどこか浮世離れしたおじさんや、おじさんを探しにきた強欲な弟さんや、上品な身なりの内側に獣を飼ったもう一人の弟さん、それに奇形児の兄弟。きっと僕のことを知っていたんだろうし僕もその人たちのことを知っていたんだろう。僕は閻魔権限で彼らの現世を見ることができるけれど、むしろその現世に僕がいなかったとしたら不自然だとさえ思う。だから僕は「ミオクン」を見つけられるのだろう。きっと。根拠もないことを僕は確信していた。それは一種の祈りとかいうやつだったのかもしれない。

「さぁ、君の罪状を聞こう。」

僕は今日もまた人を裁く。資料に目を通したところではたとその名前が僕の腕に記されたそれと同じであることに気付いた。僕はしげしげと彼を眺める。整った顔に流れるような髪。天然パーマの僕からすればうらやましいストレートだ。アイドルであってもおかしくないのではないかと思うその顔立ちに僕は思わず魅入っていた。しかし剽軽に笑ったりこの場の雰囲気に押されて恐怖したりもしていない。ずっと、無表情で地面に視線をむけていた。

「…罪状の前に、一つ聞かせてね。“ミオクン“。」
「…っ!」

目の前のミオクン(仮)は僕からそう発されたことで地面から顔をあげた。正面から見る彼はただ綺麗だった。綺麗で歪みそうもない彼の表情は今確かに歪んでいた。これは何を思っているのか。まるで何か期待しているような、しかし諦めているような中途半端さが不完全のない顔に映し出されているのはどうもおかしく感じる。そこで僕は気付く。今何を思っているか聞けばいいだけじゃないか。僕は彼の声に耳を澄ました。彼の本音を盗みだそうとした。が、今度顔をゆがませるのは僕のほうだった。

「…!な、んで…?」

ミオクンの声が聞こえない。何も、だ。彼が無表情ならまだしもここまでありありと何か考えているのを表情に出していて、それが外に漏れないはずがないのだ。なのに僕には何も聞こえない。彼の声が響いてこない。僕の能力は目の前の彼をもってして無力化されていた。そんな馬鹿な。僕は意識を広範囲に引き延ばしてみる。閻魔になってからわかったことだが、慣れてしまえば力のコントロールはできる。シャットダウンすることは不可能だが何を誰が言っているのかわからないと裁きに支障がでるので。力の及ぶ範囲を制限することはできるのだと僕は気付いた。だから普段は狭い範囲にしているのだが、今僕はそれを開放する。ぐちゃぐちゃと鼓膜に気持ち悪い声が響く。痛みからあげられた声、悲鳴、鳴き声、トチ狂った叫び声。僕に聞こえない声はなかった。だからこれは力の不具合ではなかった。僕は確かに目の前の彼の声だけが聞こえないのだ。僕は声の範囲を戻して目の前の彼に向き合う。そしていつものように問うた。

「愛って………なんだと思う?」

僕は彼の資料に目を通した。彼は最愛の人を殺傷事件で亡くしているらしい。そんな彼が答える愛とは。ミオクンは一瞬躊躇って、そして答えた。その時のミオクンは笑顔だった。ああ、こんな顔されたら誰だって惚れざるを得ないじゃないか。さぞかし女の子にモテた人生だったのだろう。なのに、なのに、

なんでみおくん、僕なんて選んで。僕のこと追ってきちゃったのさ。

みおくんは答えた。僕は涙目になって、みおくんは笑顔で。

「朱織が――そこにいること。」

僕は走った。距離はそんなになかったけれど。重々しい権威ある椅子を蹴っ飛ばして僕はみおくんの元へいち早く飛んでいきたかった。暑苦しい服なんて脱ぎ捨てて。僕はみおくんの腕の中に飛び込んだ。ああ、みおくんだ、みおくんがいる。僕は何度も何度もみおくんの名前を頭の中で呼んだ。もう一生忘れやしないだろう。彼の名前を忘れたりしない、彼の顔を忘れたりしない。もう僕は彼から離れたりしない。

「自殺なんて、そんな、なんでそんなことしたの」
「朱織のいない世界に僕を置いてったんだ、咎められるいわれはないよ。」
「みおくんなんで僕なんて追っかけてきたの、」
「現世より朱織のほうが大切だったから。心配しないで、朱織のこと殺したやつには復讐してから来たから。だから遅くなってごめん。」

本当はすぐにでも来たかった、なんていうみおくん。僕は僕の被検体に殺されたんだから僕の家に入れば一発で復讐完了したはずだ。だからみおくんはすぐにでも来たんだろう。僕が死んでもしかしたら一日も経っていなかったかもしれない。地獄と現世の時間の差は確かに大きかったみたいだ。

「だいすき、だいすき…っ、だいす、き……っ」
「僕、ようやくここまで来れたのに朱織は笑ってくれないんだね。」
「そ、な…無茶…言わないでよ…っ」

いつだって僕を泣かすのはみおくんだ。彼の前では我慢ができなくなってしまう。僕の感情の防波堤はいったいどこにいってしまったというのだろう。死んでいるのにみおくんは暖かい。だってここは地獄だ。死人の世界だ。だから死人も生きている。僕たちはまたこうして会うことができたのだ。こりゃあ、みおくんの罪は決まりだ。そんなことがまかり通っていいのかと文句を言われそうなものだがそうなったら僕が閻魔をやめてみおくんとまた地獄ツアーに行けばいい。まるで新婚旅行だ。あまりにも不似合いな言葉に自分で思ったことではあるがふふ、と笑ってしまった。

「みおくん、君の罪は決まりました。閻魔として裁きます。」
「へぇ、どんな罪?」
「生涯僕の隣にいることです。」
「生涯?生きていないのに?」
「じゃあ、いつまで続くかわからない未来永劫。」
「それ、罪でいいんですか閻魔様?」

敬語を使うみおくんに対して僕はもちろん、と言った。こんなにめんどくさい閻魔に付き纏われるなんてどんな地獄よりも怖いんだからね。僕はそう言ってまたみおくんのことを抱きしめた。


     

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