倒 錯わぁる ど

・抽象事例を疑え
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ぽつんと。気づいたら知らない部屋にいた。部屋に生活感のあるものは一つも置かれておらず、ただ一つおもちゃ箱のようなものの中に似つかわしくないものばかりが乱雑に詰められている。あんまり適当に扱うものじゃないというのに。それは人に向ければ命を奪うであろうものばかり。他には何もない。生きていくための道具は何一つなかった。あるのは死ぬための、あるいは殺すための道具のみ。しかし僕はこの部屋において誰かを殺すつもりは微塵もない。もし一緒にいるのが知らない赤の他人であれは僕は簡単に相手を追い詰めることができただろうが今は状況が違う。目の前にいるのは僕の恋人のみおくんだったからだ。

「みおくん…なんだろうね、これ」
「さぁ。悪趣味だね。」
「でも何人かやりそうな人、僕知ってる。」
「朱織の学部の教師は犯罪者なんじゃないのかなってたまに思うよ。」

みおくんとまるでどこかのテーマパークに来たかのような感覚で会話をした。僕は改めてみおくんと一緒におもちゃ箱の中を覗いてみる。地獄絵図のようだ。鉛色の金属部分が鏡のようになって別の凶器を映していた。僕はそこに一つのメッセージカードを見つける。

「…”愛しなさい、貴方の持つ最大で。そうでなければ二人とも死ぬでしょう。”」
「なにこれ、落書き?」
「多分指示じゃないのかな、ここから出るためのヒント。」
「…愛しなさい。って随分抽象的じゃないの?わかりにくい。」

僕は内心冷や汗をかきそうだった。これは絶対僕たち二人を狙った犯行であり確実に僕たちの性格を知っている相手のものである。だって僕にとって最大の愛情表現は相手を殺すことなのだから!みおくんも愛そうと努力するために実験体を殺していた。僕たちにとって愛と言うのは寄り添い、そばにいることじゃない。殺して一生自分のものにするため――自分の思考に基づいてもっとも相手を幸せにするための行動である。だからこんなに凶器しかおいていないのかこの部屋は。僕にとってみおくんへの愛をそれ以外で表すとしたら他に何がある?そういえばまだみおくんに僕抱いてもらったことないし、それでどうにかなるのかな!?でもそれでゲームオーバーになったらあまりにもアレじゃない!?毎日みおくんには大好きって伝えてるしいつだってスキンシップとってるし僕他になにすればいいの!?こんな簡単な課題でここまで迷わされるなんて不覚すぎる…っ。

「…朱織。僕のこと殺せば外に出れるんじゃない?」
「何言ってるの、みおくん。そんなことするわけないじゃん。」
「だって朱織は今までにそうやって殺してきたんでしょ、本当に好きになった相手を。
僕は愛そうと思って殺そうと思ったことはあるけど愛しているから殺したことは一度もないんだ。だから僕が朱織を殺したところで外には出れないかもしれない。」
「でも、そんなのやだよ」
「僕は朱織がいないと一人で世界に取り残されるけど、朱織は違うでしょ?やりたいことも、残してきたこともあるだろ。でも僕には朱織しかいない。」
「僕だってみおくん以上に大切なものなんてないよ!」

みおくんは現代日本ではそうそうお目にかかれない拳銃をおもちゃ箱から取り出すと僕の手にそっと握らせた。そんなことしてほしくないよ。いつかそうやって僕の手を取って指輪でもはめて欲しいんだよ。そんな優しく怖いものを渡してこないでよ。そんな風に、満足そうに笑わないでよ。

「やだ、ねぇ、みおくんやだ、離れたくない、ずっと一緒にいたい、どんなに言葉で言っても伝わらないくらいみおくんのことしか僕の中にはないんだよ、だからお願い、僕こんなもの使いたくない…」
「僕は、朱織みたいにたくさんの言葉を使うのは苦手だからさ。一つしか伝えられないけどね。」

みおくんは無理矢理拳銃を構えさせて言葉を区切った。

「誰より朱織のこと、好きだよ。」

――かちゃ。と音がした。ピストルの音。引き金を引かせないで、お願い。が、みおくんはぱっと僕の手を放した。僕は力を入れてなかったため、そのまま拳銃は床に落ちる。僕はあまりに緊張の糸が切れてそのままへたりこんだ。必死に息を吸いこんで酸素を体に循環させる。みおくんはずっとどこかに視線をやっている。ちょうどみおくんで見ることができない。みおくん、どうしたんだろう。そう思って声をかけようとした時、みおくんはバッと振り向いて僕のことを抱きしめる。突然のことだったので僕は慌てたがみおくんの腕が震えていたので騒ぐことをやめた。

「馬鹿みたい。」
「え?」
「伝えるだけでよかったんだ、」

みおくんの肩口から僕はみおくんの視線があったほうを見ることになる。扉はほんの少し開いていて、外が見えていた。愛しなさい、ってえ?結局どういうことだったんだ?僕はそこでここに入ってから一度もみおくんにはっきりと「すき」と言っていないことに気づいた。これは、盲点だ。あまりにも陳腐で言うことを避けている表現を持ってこられるなんて。しかもこの多くの凶器がまさかすべてダミーだなんて思えるわけがない。この部屋の製作者は性格がさぞかし悪いのだろうと思う。趣味が悪すぎる。

「はは、まさかそんな簡単なことだなんて誰も想像できないよねぇ。」
「簡単だからこそ、忘れちゃいけないんじゃない?」
「ふふ、そうだね。みおくん。大好き、大好きだよ。」
「うん、僕も愛してる。」

僕たちは簡単に行動に及ばなかった。それがきっと答えだ。抽象的な質問の答えを行動に移すことは容易い。その環境から逃避できる、そして意味の分からない質問ともおさらばできるからだ。こういう状況で質問に立ち向かうことは何より困難であり、一番精神的におかしくなるのだ。だから僕もみおくんもとりあえず行動に移そうとした。でもそれじゃあだめだったんだ。みおくんを殺さなくてよかった。それと同時に僕の最大の愛し方はみおくんを殺すことじゃないんだということに安堵した。僕は今日もまたみおくんの隣で生きていける。僕たちは、立ち上がった。

ふたりで。




     

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