倒 錯わぁる ど

・地獄ツアーにご案内A
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8.無間地獄。
身内殺しが一番罪が重い。じゃあ虐待されて育った子どもが親を殺したらここに来るのか?それはなんというか道徳的にどうなのだろうか。僕、道徳心なんてかけらも持ち合わせていないけどね?

「…今までの鬼とは比べ物にならないや。」

64の目を四方に光らせる鬼。そこらじゅうを這いまわる巨大な虫や蛇。絶え間なく響く悲鳴。ここが最後と言うだけあって今までの地獄のオンパレードって感じ。僕はさすがにうんざりしてしまった。ここの刑期はひどく長いらしい。というかこれから僕、どうするんだろう。こんなところまで来てしまったはいいけれど僕、ここでみおくんを待つの?みおくんに会う時には僕、もう思考できなくなってないかな、それは困ってしまうのだけれど。やだやだ、と僕はつぶやいた。

「…お前があの変人か。待ちくたびれたぞ。」
「ぎゃあ!」
「…ふん、ただの餓鬼じゃないか。」

重低音の声に振り返ればそこにはおっかない64の目を持つ鬼。僕はあまりの衝撃に体を震わせる。震わせて、そして、僕は顔をぱあっとあげる。

「はは、あはは!やった!ここまで来た甲斐があったよ!」

逆に鬼のほうがきょとんとしてしまったようだが僕は込み上げてくる嬉しさで胸がいっぱいだった。ようやく言葉の通じる相手が現れたのだ、これほど嬉しいことはない。僕は言葉でないと戦えないのだから。と言っても僕はすぐこいつと論争したいわけじゃあない。そりゃ意見が食い違えば論争もするけれどそれが目的ではない。ただ、僕は純粋に嬉しい。言葉を聞ける。自分以外の声色で自分以外の口から発する悲鳴や意味のない言葉ではなく意思のある言葉をようやく聞くことができる。僕は鬼に向かってお辞儀をした。

「はじめまして、僕は朱織。君は?」
「…人間から自己紹介を求められたのは初めてだよ。名前などない。」
「じゃあわかりにくいから便宜上ロクで。」

64の目の鬼だからロク。あまりにも安直だけれどもすべての鬼と一緒にするのもめんどうだし区別がつかないから便宜上である。ロクの顔は半分以上が目で埋まっていたけれど表情はなんとなくあるらしい。困惑しているのは一目瞭然だ。むしろロクは64の目で僕を舐めまわすように見ても、僕が喜んでいるようにしか見えないから困っているのだろう。僕はふふと、久しぶりに表情筋を動かした。

「ロク、どうして僕が変人だって知ってるの?」
「閻魔様からお達しでな、地獄を巡りたいなんていうおかしなやつがいるという話を聞いた。」
「もしロクやここにいる鬼が現世に来たら世界各国を回りたいって思うでしょ?つまりそう言う事だよ。」
「お前らは堕ちてこれるが俺たちは上がれない、それが達成されることはないな。」

冷静に論破されてしまった。ノリが悪いんだから。ロクは僕に大きな手のひらを差し出す。僕はよくわからずにロクの大きい手のひらを眺めた。皮膚は人間のそれより何十倍も厚く、まるで鉄のアーマーのようである。ロクはなんの行動も起こさない僕に対して一言「乗れ」とだけぶっきらぼうに言う。反論する余裕も意味もなかったので僕はおとなしく従った。鬼の皮膚はまるで岩肌のように固く、尖っていた。地獄に堕ちて初めての経験である。

「……え、乗ったはいいけどこれからどこへ?」
「閻魔様のところへ」
「………へぇ?どうして?」
「お前の罰が決定したからだよ。」

僕はそれにふぅんと、相槌を打つ。僕に対する罪とは一体。ずしん、ずしん、と歩く度に地震が起きるロクの身体は座り心地がいいとは言えなかった。僕はロクの腕をよじ登って肩の緩やかな流れの上に腰掛ける。

「言葉を喋れるの、ロクだけ?」
「多分な、」
「ロクと他の鬼はどう違うの?」
「俺は元人間だ、お前から鬼の姿に見えていようが俺は自分の姿がしっかり人間に見えている。だからお前の大切な奴が来たところでお前のことをそいつが認識できるとは限らん。」
「みおくんは大丈夫、僕以外は全部虫にしか見えないからね。」

ロクは64の瞼を一斉に目にかけた。困惑して瞼が下がっているような状態だ。丸い目玉が丸くなくなった。というべきか。地獄でもみおくんみたいなケースは珍しいらしい。僕が鬼に見えようがみおくんなら僕のことをすぐに判別してくれるだろう。僕はそこに関しては全く心配していなかったけれどロクが元々人間だった、というところに興味を持った。

「いつの時代の人?江戸?平安?あ、まず日本人かどうかもわからないのか。生きてきた時代が違う人と会えちゃうなんて面白いねぇ。ロクには好きな人、いなかった?」
「いたよ、でもお前みたいにそう信じて待ってるには時間が長すぎた。」
「僕もそうならないといいなぁ。もしそうなっちゃったらロク、僕のお友達としていてね。誰とも喋らなくなったらおかしくなりそうだからさ!」
「その心配はないだろうよ。」

ロクの振動にも慣れた頃、僕は元々堕ちてきた場所に行き着いた。そこには前と変わらない位置に閻魔が偉そうにふんぞり返ってらっしゃった。僕はロクから降りると閻魔のところへと謁見しに行く。

「僕の罰が決まったって聞いたけど〜どこ?全部回ったけど魅力的なところはなかったなぁ。」
「お前は前世で殺されたそうじゃないか。」
「……?うん、そうだね。もう僕誰に殺されたか覚えてないけど。」

閻魔は僕の殺した相手の名前を教えてくれたけれど全く身に覚えがなかった。が、僕が非人道的なことをやっていたことは覚えていたので多分実験途中になにかミスでもしてしまったのだろう。もし僕の実験相手じゃなかったとしたらもう何も可能性が思いつかない。どこまで実験は成功していたんだっけ。どうして僕は殺されたんだっけ。あんなところで油断しちゃうなんて僕ってばみっともないの。残してきた可愛い被検体のことを思い出して僕はふふっと笑う。僕が死んで彼らはどうしただろう。

「お前は人の心なんてものを勉強していたようだな。殺された相手はお前の被験者。ふむ…ならばこれがいいだろうと思ったわけだ。」
「へぇえ?なになに?」
「お前が人を裁け。」

何と言うか、拍子抜けで僕はさすがに間抜けな声を発した。僕が?人を?ははは、面白い冗談を言う人だ。閻魔も冗談をいうものなのか。………目がガチだった。それは罰なのか?良く分からない。僕はそれが専売特許だったりするのだろうけれど。そんなこともわからないほど衰えているのかこのじじいは。閻魔は愉快そうに眼を細めて笑った。僕はぱちくりと瞬きする。閻魔はぬっと、僕に向かって鬼の腕を伸ばしてきた。僕は閻魔の人差し指にこつん、と小突かれる。閻魔にとっては軽い戯れかもしれないけれども僕はそれで吹っ飛ばされた。突然何をするんだ。僕は起き上がって閻魔に文句を言おうとする。

『ふん、これくらいで吹っ飛ぶなんてヤワだな。』
「……?え?」
「お前は完全な人間を作りたかったのだろう?心を知りたかったのだろう?ならばお前はここに座れ。それが罰だ。」

僕は、僕の耳は、すべてを拾った。僕だってこれで察せないほど馬鹿ではない。身体の底から怒りという感情が湧き上がるのを感じる。ああ、こんな原始的な感情を僕はまだ持ち合わせていたのか。崩れていく僕の生きて培った理論と知識が今完全に破壊された。そして僕はここで完全な生命体に近づいてしまったのだ。僕が作るのではなく、僕がそれになってしまった。この屈辱と言ったらない。僕は僕自身を被験者にするしかなくなってしまったのだから。僕は重い腰を上げた閻魔に駆け寄る。お願いだからもとに戻してほしい。こんな怖いこと、僕に与えたりするな。僕を何度殺したって構わない。鬼に裂かれようが踏まれようが焼かれようが耐え抜いてみせる。でも、こうやって心を殺しにくるのは反則だ。僕を僕たらしめる僕個人の考え方、やりかたを否定してくるのはいくらなんでも酷いだろう。こんな地獄、聞いていない。

はじめて、ここで涙を流した。

「罰と言っただろう?何兆回殺すより一度お前という存在をへし折ったほうが手っ取り早いことくらい私にもわかる。伊達に永久の時間閻魔として仕事はしておらんよ。だからこそ私はここでお前に閻魔の座を譲りあかそう。人の心を見る、その力をお前に渡して、な。」
「やだ、お願い、僕何度だって体をぐちゃぐちゃにされて殺されてもいいから…だから僕のこの能力だけは、お願いだからなくして、」
「私はお前の願いを聞く仕事をしているわけじゃあないんだ、お前が一番苦しむ方法がこれだった。現にお前は八大地獄のどこでも涙を流すことはなかったというのに、今はこうも簡単に泣いている。苦痛がなければ罰ではない。まぁ、お前にぴったりだと思うだろう?」

この悪魔、鬼。僕は目の前の閻魔に向かって心の中で悪態をつくが、こちらを睨むそぶりは一切ない。閻魔の力が僕にうつったとみて間違いはないだろう。椅子から離れた閻魔は格好さえ偉そうではあったが、そこらへんの鬼と大差がなくなっている。鬼にも寿命と言うものがあるのかはたまた僕に仕事を丸投げして隠居するつもりなのだろうか。待って、と縋る僕に閻魔は最後にまた一瞥した。

「よかったじゃないか、そこに居れば絶対にお前の恋人に会えるぞ。」

それだけ残して閻魔は去った。僕はどうしていいかわからずにただしゃがみこんだまま動けない。僕は、どうしたら?他人の心を読んで駆け引きして地獄に落とすのであれば僕の得意分野だし閻魔に頼んででもこの場所を譲ってもらいたかった。けれど今は状況が違う。そこでまた僕の頭に声が響く。ロクのものだった。心配してくれているロクの声に僕は濡れた頬を拭って顔を上げて笑う。

「ありがと、でも、うん、あの人の言ってることは最もだった。」
「納得できるのか?」
「うん、だって僕なんかがいても地獄がうまく回らなくなりそうだしそれならここに置いておくのが一番楽だろうっていう判断は正しいと思う。実際僕でもそうしたと思うよ。…僕、無神論者だからさ、こうやって地獄に落ちたところで輪廻転生は否定派なんだよ。でもあの人はそんなの関係ないって言わんばかりに、否応無しに僕をこの地獄に縛り付けた。」
「……」
「最初からこんなに頭がいい人だって知ってたら警戒したんだけどなぁ。ロクも
この流れでそういう風になったの?」

聞いてみたけれど聞くまでもない。ロクは心の中で肯定していた。これじゃ人間関係において質問と言うものがなくてもそれは成り立ってしまうのか。ロクと僕はもしかしたらそんなに遠い人間じゃあないのかもしれない。そこでふと丁寧に執務机の上においてある閻魔の衣装に目が留まる。あの鬼が着ていたものと似ているがサイズは全く違う。僕が地獄めぐり行っている間にこんなもの作っていたのか。僕はそれに手を伸ばす。地獄で殺されるほうがマシだと言ったけれどもあの汚い環境でやっていくのも些か無理があるだろう。

「着るん、ですか。」
「…まぁ僕死んじゃって完全体の研究もここでは必要無さそうだし。ならもらえる特権はもらっとこっかなって。」

もちろん、これを本気で特権と呼びたいわけではない。むしろ邪魔だ。だけれども何度も生と死を繰り返すよりはましだと考える人も当たり前にいるだろうからできるだけそれを特権扱いしていないと恨まれてしまう。僕は僕ように仕上げたであろう質のいい布を手に取った。これが罰だというのならば受け入れよう。みおくんに会うために必要だというのであれば従おう。僕はここでみおくんを待ち続ける。僕らしくないことを続けて。僕よりも罪の軽い人たちを僕が裁く。動きにくそう、なんて思ってから僕は椅子に座り続けているのだからあんまり動かなくてもいいのか、と思う。僕の身体には全く不釣り合いなそれに僕は腰かけると最後の仕上げにとりかかる。僕はしっかりと型をとったこの地獄の主である省庁の帽子を頭にかぶせた。それはなんだかずっしりと重く、地獄中で仕事をしている鬼たちの言葉ががつがつと頭の中を占領していく。あまりに気持ち悪くて僕は机に突っ伏した。平気な顔で人を裁き続けていた前閻魔がいかにすごかったのかはよくわかった。僕に仕事押し付けてどっかに行ってしまったけれど。

「ロク、たまには遊びに来てよ。喋り方忘れちゃいそうだから。」
「…大丈夫ですか?」
あはは、突然敬語になられると気持ち悪いんだけど。大丈夫、一回泣いたらすっきりしたからさ。」

正直すっきりはしていないけれども、納得した、という言い方が多分一番正しい。僕がやってきたことを思えばこれでも足りないのかもしれない。罪の意識は全く持ち合わせていないけれども僕の価値観、考え方が一般と違うということくらいはわかる。地獄を経験して叫ぶことはあっても泣くことはなかったのだから。頭の中で反響する言葉を僕は一言一言すべて身体の中で咀嚼する。

「みおくん…」

はやく会いに来て、はやく抱きしめて。しゃらん、と頭の上の飾りが音をたてた。



     

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