倒 錯わぁる ど

・地獄ツアーにご案内@
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怖かったわけじゃない、想定していなかったわけじゃない。ぐらりと視界が揺らぎながら後悔はなかった。なかったけれど、心残りはあった。

「ごめんねみおくん。」



「さてお前の罪状だが…恋人を殺し続けてきたようだな。どうしてぱったりある年齢で止まっているのかよくわからんが改心していたらここにはいないだろう。」
「ここまできたら僕はなんでもいいよ、僕は既に地獄を経験したようなものだからね。一番下まで落としちゃってよ。あ、でもなぁ。せっかくだし僕は地獄ツアーでもしようかな。でも僕飽き性だからすべての地獄を回るかわりに一個の場所の刑期を短めにしてくれるとうれしーなー。」

閻魔は顔を顰めた。何と言うか、余りにも閻魔らしい閻魔で笑ってしまう。そうすると僕の顔くらい大きいぎょろっとした目が僕を睨んだ。おっかねー、もしかしてこれ心でも読めちゃってるのかな。じゃあ貴方多分閻魔より天職あるよ。転生して精神科医にでもなって鬱病にかかってしまえ。僕の憮然な振る舞いに閻魔様もたじろぐ。というかこれはドン引きされているのかもしれない。別に全知全能の神に崇められようが祟られようが僕はどうだっていい。神だろうが閻魔だろうがたかが他人。他人からの評価を気にしては生きてはいけないだろう。あ。でも僕もう死んでた。

「面白い奴だな、」
「面白いから淘汰されたんだよ。面白いっておかしいってことだからね。」
「ふむ、間違ってはいないな。」
「だから淘汰されて来たのが地獄で僕は心底ほっとしてるんだ。」

僕は無神論者だから死後の世界なんて信じていなかったけれど僕が消滅してしまうよりはよかった。だって未来永劫苦しむことになろうが、ここで待っていれば絶対にみおくんは来るから。まず死後の世界が在ったとして、僕とみおくんどちらかが天国に行くなんてことはまずあり得ない。僕たちは仲良く地獄行きだろう。ここに来たということは僕はみおくんを一生ここで待っていられるわけだ。きっと人間より僕に近い鬼畜生と一緒に。きっと僕の心が読めているであろう閻魔は大きい牙をむき出しにして喉の奥から地響きのような音をあげた。笑っているのだろうか。

「ここで生前仲良くしてたやつに会えると、平和なアタマしているんだな。」
「ふふ、違うよ、僕は平和にそんなこと考えているんじゃない。閻魔様、僕はねそれが必然だと思ってるんだ。地獄って罪の重さで分けられるんでしょ?僕は地獄巡りしたい〜なんて言ってるし冗談じゃないんだけどね。みおくんだってきっとここに来る。僕はみおくんに会う。ロマンチスト?いーや、違う。そうあるべきだからそうなんだ。」

っていうか僕はみおくんに会うためなら、貴方にだって戦争仕掛けて地獄を乗っ取ってやる覚悟だってある。必然なんて元から転がっちゃあいない。そこにないから作る。絶対にそう簡単には起こらない奇跡や偶然を変えようとする努力もしないで、僕は諦めたりなんかしない。僕の頭が思考できる限り、僕はみおくんとの再会を試行し続ける。それくらいの覚悟もなしにみおくんと僕がここで出会うのは必然だなんて言ってはいないのだ。ね、これだけ聞くとロマンチストというよりはリアリストでしょ。現実ってどこだかわからないけどね、今となっては。

「…ならば好きなように地獄を徘徊するといい。私からお前に判決は下さない。精々頑張るがいいさ、お前の泣きべそかいている姿をここで見物していることにしよう。」
「ありがと。でも泣きべそかくのはどっちだろうね?いつか地獄ツアーから帰って来た僕が鬼を従えてアンタの寝首かくかもしれないんだから背後には気を付けててね?」

僕はみおくんが来るまでの間、それがどれくらい長いのかすらわからないけれど地獄ツアーに行くことになった。みおくんがここに来て困惑することがないように、僕はみおくんを地獄案内できるツアーコンサルタントにでもなっておかなくては。

1.等活地獄。
殺生した者が堕ちる場所。まぁ人間を殺していた僕は当たり前のようにここに該当する。が、ここって虫を殺して悔い改めなければ絶対に堕ちてしまうらしいので結果として人類皆ここには必ず落ちるらしい。じゃあ虫を殺して「ごめんなさい」と唱える人から天国に行く資格が手に入るというのだろうか。

「でもそれって結果は日常生活に支障をきたす人間だよね、天国に行けても現世で生き辛いし自殺したら地獄行きじゃん?じゃあそんな虫も殺せない世界で天命を全うしなきゃいけないなんてそれこそ地獄だよねぇ。」

なんて僕がぼやいたところで誰も耳を傾けないし話相手にもなっちゃくれない。ああ、こりゃ地獄にふさわしいやなんて思う。みんな地面に刺さった鉄製の武器を手に取って、自分の体格にもふさわしくないのに振り回すものだからたまによたよたと動いて後ろに傾き、転んで地面に刺さった他の武器で身体を裂かれる。辛うじて振り回せた武器はもみくちゃの人間を無差別に攻撃して人々は臓物を撒き散らして倒れこむ。人に害心を抱かせる、ねぇ。害心を抱かずに生きてこれた人たちなのだろうか、それはそれで恐ろしい、現世で会わなくてよかったと僕は岩の上から見物しながら思う。とは言っても僕がこうして岩の上から見物している僕を鬼たちはそう簡単に許してはくれない。僕の背後からやってきては僕の身体を一気に引き裂く。僕の意識はなくならない。肩口から引き裂かれ、どくどくとその部分に心音が乗り移ったようだ。燃えるように熱いし、死にそうなほど痛い。確かにこりゃ地獄の苦痛だと思う。が、涙を流すことはない。僕にとって何が苦痛かって、そりゃみおくんの声が聞こえないことだ。確かに痛くて痛くて毎度叫んじゃうけど。でも僕は死ぬなと思った瞬間、獄卒の声を聞く。そして気が付けばまた僕は五体満足で殺し合う人々を眺めて、そしてまた殺される。これがおよそ1兆6653億年。なんだそれ、なんでもかんでも億とか兆とかつけりゃいいってものじゃないだろう、どこの小学生理論だ。しかし僕は閻魔から下に堕ちるぶんにはどれくらい短くても良いというお達しをもらっていたのでそう長くこの地獄にはいなかった。何億年かはわからない。まぁ、なんでもいいや。

2.黒縄地獄。
殺生にくわえて盗みを働いたものが堕ちる。僕何も盗んだことないからなぁ。あんまり関係なさそう。しいて言えば誰かの心かな?なんちゃって。

「…しっかしまぁ、人間同士で殺し合いしないだけまだマシ?なのかな。マシではないか。いたそーだもんなぁ。拷問かよってね。僕が一番好きな拷問はアレかな、額に等間隔で水落としていくの。あれの精神崩壊っぷりと言ったら。あ、でも江戸時代の関門のところに罪人の首を埋めて通るたびに一度鋸を引かせるってのもなかなか…」

そんなこと言っていたら僕の番が来てしまったようだ。やれやれ、せめて誰か日本語の話せる鬼はいないものか。僕が鬼の言葉を話せるようになればいいのだろうか?しかし鬼が人間と同じように意思疎通がとれるかと言えばそうでもないのだろう。こいつら、本能のままに生きてそうだしなぁ。言葉で戦うのは難しそうな相手だ。しかし閻魔みたいな例外もいるからもしかしたら鬼特有の言語があるのかもしれない。僕は僕の何百倍もあろう鬼の腕の中にすっぽりと収まりながらそんなことを考える。鬼に捕まれているだけで内臓が圧迫されてもはやこの時点で絶命しそうである。しかし、伊達にここで何百兆年働いてるだけある、力の入れ加減は絶妙だ。僕は意識を飛ばすぎりぎりのところで焼けた鉄の地面に想いきり体を叩きつけられる。やけどしたら可愛くなくなっちゃうのに、もう。みおくんが来た時にここの地獄にいたら爛れた顔の僕を見られてしまう。それはちょっと嫌だなぁ。はやめにここからは撤退しよう。僕は顔の皮膚がどろりと溶けて目にかかるのを痛い、と思う。鬼は焼けた縄で僕の身体を殴打する。何トンもあるであろうその縄のパワーで僕の身体は数メートル宙に浮かぶ。それをすかさずもう一撃。そこまで追い込まなくてもすでに限界だというのにサディストの集まりかここは。と言っても鬼が優しかったらここは成り立たないのだろう。

「ぐ、う」

人と比べても肌が白いほうの僕であったが、その縄によって火傷跡がくっきりと浮かぶ。鬼はそこに鋸をあてた。江戸時代かよ、もっと勉強してチェーエンソーくらい持ってきてから出直せと言いたいところだがこういう昔ながらの凶器が実は一番痛かったりする。鋸の刃が僕の身体にぷつりと穴をあける。それが前後に引かれる瞬間、さすがに金切声をあげた。四肢はすべて僕の意思とは無関係に陸で跳ねる魚のようにびくん、びくんとまるで別の生き物のように動く。僕の目は一点を見て居られなくなり、眼球運動が不安定になる。そりゃ、前の地獄の10倍恐ろしいのも頷ける。一瞬で楽になることがどれだけ素晴らしかったかということだ。僕の身体はマグロの解体ショーのようにおろされて、削られて元々僕の身体だったものが削り粉になって山になる。それを見ているとなんだかあの山からまた僕が復活するのかと、変な気分になる。僕は盗みを働いた記憶はないし、みおくんもきっとないはず。ならばこんな地獄にいる必要はないだろうと何百回か殺されてから次の地獄に堕ちる。それでも涙はでなかった。

3.衆合地獄。
僕はとりあえず、何もなければここに堕ちていたのかな。淫らな行いをした人が堕ちる地獄。生活のためとはいえ好きでもない人に抱かれていたわけだし当たり前か。針でできた木の上に美人が誘惑しながらいるけれど僕にそれは効果がない。

「むしろみおくんがいたら全力で登るんだけど…でもそこにいるみおくんがみおくんじゃないってことくらいわかるからやらないかなぁ。あれ?そう考えると僕別に淫らなことしてきてないんじゃないのかな?」

そんなことはなかった。僕の両側に聳えていた鉄の山がぐらりと崩れて僕目掛けて落ちてくる。逃げることなんてできない。僕の足をしっかりと圧死した人の腕が掴んでいたからだ。ぎらりと鈍色のそれは僕の身体をぐさり、ぐさりと風穴だらけにしていく。片目をやられてしまった。半分でしか世界が見えない。みおくんがいないからすべて見えていないも同じことなのだけれども。みしり、と体が軋む音がする。風穴からだばだばと血が流れる。前の地獄と比べればなんだか地味な感じである。ただ刑期が長いだけじゃないか。飽きてしまうだろう。僕にはそんなもの関係ないので106兆年も耐えたりせず、すぐにその下へと進んでいく。

4.叫喚地獄。
今までの罪にプラスでお酒を飲むこと。僕ってば未成年だよ。全く。しかし地獄めぐりをしたいと言い出したのは紛れもなく僕本人であり、ここに従事している鬼共にそんなこと関係ない。この地獄にいる者すべてに罰を与えるのが仕事なのだろう。鬼たちにとっては僕とて例外ではない。僕は熱湯の大釜にじゃぼん、と投げ入れられた。いや、そんな生易しいものじゃなかったのだけれど。じゅうう、と体の皮膚が焼け溶けていくのを感じた。周りにいる人たちは骨も溶けかけた体でひたすら助けを求めて声にもならない声をあげる。なんて趣味の悪い合唱だろうと思う。するとぐらりと大釜が揺れて倒れた。鬼がそれを蹴とばしたらしい。熱湯がひっくり返って鉄の地面に僕たちは放りだされる。フライパンで焼かれているみたいだ。すると隣にいた性別の区別すらつかないものが鬼の大きな足の下敷きになる。ぷちゅん、というその場にそぐわない可愛らしい音によってその誰かは絶命した。誰かを構成していたものがここまで飛んでくる。神経、皮膚、髪、目玉。

「はは、隣で人が死ぬって悪趣味…」

流石の僕もこれには嘔吐感を覚えた。吐きはしなかったけれど。というかそんな暇もない。鬼の足は誰かからどけられる。鬼の足の裏には何か粘膜がどろりとへばりついていた。ああ、僕もこんなふうになるのかなんて冷静に思う。潰されて僕と言う存在すらわからなくなって、この鬼の足の裏につくゴミになる。ゆっくりと鬼の足によって影ができた。僕もあんな風に可愛らしい音と一緒にゴミになるのだ。耳の奥でその音を聞いて、意識が飛んだ。まぁ、一思いに殺してくれるから良心的かもしれない。涙が出ないのか乾いたのかはこの場では判別がつかなかった。

5.大叫喚地獄。
僕はここが一番お似合いだったかもしれない。淫らなことよりも嘘のほうが僕の専売特許とも言っていい。無間地獄まで堕ちたらここに戻ってくるのだろうか。…というか地獄ツアーを経験した後に僕はどこにいくんだろう?というより今は何兆年めだろう。

「…なんか、もうネタ切れ?って感じ?前回とそう変わってないじゃん。」

違っている点をあげるのであれば前回よりも釜の熱湯の温度は高かったし鬼に潰されるだけじゃなく、体を裂かれたり弓で打たれたりしたけれどその程度。嘘をついた人間が堕ちる地獄にしてはなんだか拍子抜けしてしまう、というのが正直な感想だった。せめてこう、舌の根を引っこ抜かれるとかそういうことはなかったのだろうか。がっかりだよ、閻魔様。地獄のバリエーションのなさに意見する人間なんてきっと僕だけだろうけれど。

6.焦熱地獄。
地獄は熱いものしか持ってこないのか。しかしここまでくるとこう、しもやけで手先があつくなるみたいな現象が逆として起こっていた。熱すぎてむしろ寒い。僕だって自分で何を言っているかわからないよ。

「わぁ、人間焼き鳥みたい。アハハ…でも他人事で笑えないんだよなぁこれ。」

僕は鉄の上でバラバラにさせられて串刺しになった人を見て乾いた笑いをもらす。人間焼き鳥。不適切な表現ではないだろう。匂いはひどいが光景だけ見ていれば屋台の焼き鳥を思い出す。もうすでに屋台とはなんだったのかあいまいになってきているのが怖い。地獄において思考を放棄したら現世でのことなんてすべて忘れてしまうのだろうから。僕は鬼に頭を引きちぎられた。頭のない僕の胴体を僕は目視する。なんという不思議体験だろう。何もかも今更だけれど。僕の身体は胴体と足にわけられ、両腕もちぎられる。そのたびにぽたた、と血が流れたけど熱さですべて蒸発した。僕のばらばらになった体は串によってまた元通りにされる。元通りの順番で刺されていないから元通りというのもおかしいのだけれども。焼き鳥のようではあったが意識は一瞬で消えた。僕の身体は消し炭のようになって空気中を黒く漂う。きっと涙の泉はこの暑さで枯れたのだ。

7.大焦熱地獄。
だからバリエーションを増やせと。なんだこの「僕が考えた最強の地獄」みたいなとにかく熱く、とにかく刑期を長くっていう方針は。もっと頭を使え頭を。ここは童女や尼僧に対する乱暴をする人の地獄らしいが尼と童女はダメで他の人間を殺したらもっと軽い地獄なのか。

「それってなんか、順位づけされてるみたいでいやだね。って言っても人間だれしもランキングされながら生きているんだろうけどさ。信仰心で救われるって言葉、僕大嫌いだよ。ここに来ても尚ね。」

思考することは忘れていないし現世の記憶もおかげでしっかりと残っていたけれど、僕は誰にどうやって殺されたかは覚えていなかった。まぁ、いつか思い出すだろうし死んでしまってからじゃ遅いか。僕なんて殺したせいで地獄にきちゃうなんて可哀想な誰かさんだなぁ。


     

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