倒 錯わぁる ど

・メビウスエラー
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「さぁさぁこちらが本日の目玉商品!世にも珍しいアルビノの少年です!」

大人の手がわらわらと伸びて値段が跳ねあがっていく様は見ていて滑稽以外の何物でもなかった。僕はそんな欲望渦巻く会場を趣味の悪い仮面の奥から見つめ続ける。たまに暇を持て余した金持ちたちの遊びの中に身を置くことがあった。一番最初にここに来るきっかけになったのは当たり前だが援助交際でひっかけた相手である。

朱織くん、こういうの好きそうだからと丁寧に会員証まで作ってくれたのでお金持ちではない僕でも好きな時に出入りできる場所になった。その相手とは今でもお得意さまでよく呼び出ししてきてくれるわけだが。見ての通りここは人身売買の会場である。興味のないことには何も意欲がわかない僕ですらなんとなく知っているような芸能人だとか政界の人間がマスクをしてこの場所にいるのだ。この場所のことを外に他言したら最後、きっと権力に揉み消されて死ぬのがオチだろう。そんなバカみたいなこと、僕はしないけれど。ぼんやりとアルビノの彼が買われていくのを眺めていた。

僕の好みではなかったけれど綺麗な顔立ちをしていた彼はこの後どうなるのだろうか。見世物になるのか、性欲の受け皿になるのかさすがに分割して再度売りに出すなんてことはないだろう。あのルビーのように真っ赤な瞳は少し興味があったけれども愛してもいない相手の目に数億も出す気はなかった。

お開きの声がして参加者はぞろぞろと帰っていく。その場にぼんやりしていた僕は気づけば会場に誰かと二人になっていた。隣にいる相手をちらと見れば黒いくせ毛の年齢は20台後半くらいだろうか。なぜか現実離れした着物を着て居る男性。彼もこちらをちらりと見る。

「…あぁ、誰かと思えば」
「…?」
「場違いな餓鬼じゃあないか」
「あはは、おじさんってばひどいこと言うなぁ」

仮面の奥の彼がどんな表情をしているのかわからなかったが、きっと今の煽りも気にしていないだろう。僕だって餓鬼と言われたことに何か腹を立てたこともない。確かに事実なのだから。ここは会員制の場所であるし18歳以上でないと入れない場所だ。僕は19歳であるがそう見えない顔であることは自覚しているし、それを売りにしているのだから別に餓鬼と言われても何も腹立たしいことはない。特にお互いに顔を見合わせることはなく前を向いたまま隣に居ることを確認だけして独り言のように言葉を発する。

「お前はどうしてこんなところにいる?」
「べっつにぃ?おじさんに関係ないでしょお?」
「…目上の者に対する態度や言葉遣い、その口のきき方は名家のものでは思えない。何か別のルートでここに来たようだな。」
「でも僕ちゃあんと会員証持ってるもんね。おじさんこそこういう俗っぽいところに不似合いな格好してるね。」

洞察力はなかなかのものらしい。というかそれくらいはわかって当然なのか。政治家や権力者の場所にぽつんと僕がいたらそりゃあ場違いだろう。それにやばいルートで入っているのならばそそくさと出ていくはずなのにこうしてぽつんと一人で立っているのだから洞察力ではないか。それでも彼がここにこうして残っていた理由も知りたくなってくる。

「…餓鬼、お前この場所にどんな感想を持つ?」
「…おじさん、僕の質問には答えてくれないんだね。」
「年上の特権と言うやつだ、お前の考えを教えてみろ」
「汚い大人にはなりたくないなぁなんていう人並みの感想は僕は持たないよ。人間は誰だって汚いものだからね。生まれてからずうっと原罪を持ち続けて原罪を持ったまま死ぬんだ、誰もそれを覆すことはできやしないんだよ。生きることも死ぬことも善行を積むことも愛することも、神に逆らった罪を払拭する行動にはなりえない。僕はそんな人間が好きだから別に汚かろうが綺麗だろうが罪を負っていようが関係ない。だからこの場所はそれなりに好きだよ僕。」

隣にいるおじさんはふん、と鼻で笑ったように見えた。それにはさすがの僕もむっとする。自分の価値観を突然喋らされてその上鼻で笑われたら僕じゃなくても怒って当然だ。価値観やプライドというものは時に命より大切だったりするものである。僕は自分の愛する人に殺されるまでどんなに価値観やプライドをにじられても死ぬつもりは毛頭ないけれど。また答えてもらえないかもしれないが、一応質問してみることにした。

「おじさんはこの場所はなんだと思ってるの?」
「家畜小屋だろうな」
「家畜小屋」
「そうだ」

あまりに面食らってしまって僕はおじさんの言葉を繰りかえすだけになってしまった。家畜小屋、自分と同じものに対して家畜という言葉を用いるなんてどこかきっと頭がおかしいのだ。僕が言うんだから間違いない。このおじさんは普通じゃあない。おじさんはそれ以上説明しようとしなかったので、僕は追撃することにした。

「家畜って、言いすぎじゃないのかな」
「見ていただろう?さっきまでの光景を、奴らにとっては金で命さえ売り買いできるのだ。つまり、舞台で光を浴びて金で渡されていた彼らは奴らにとって家畜だ、俺はそんな奴らも家畜だと思っている。それで説明は十分か?」
「…おじさん、世界のすべてをそうやって見ているの?なんだかそういうところ、僕の友人に似てるなぁ」
「…お前のような餓鬼に友人などいるのか?」
「おじさんそれはさすがにひどいよ!?」

僕が友人と思ってても向こうがどう思っているかは知らないけれども、僕が友達だと思っていれば友達なんだからなんだっていい。僕はそう自分に言い聞かせた。きっとおじさんは友達がいないんだろう、かわいそうに。うんうん、と頷くと表情を見なくても視線だけでなんとなくおじさんが怪訝そうにしていることがわかった。

「しかし俺はすべてをそういう風に見ているわけではないぞ、うちには可哀想で可憐な花と真っ白な人形がいるんだ。」
「へぇ、おじさんなんか趣味が可愛いんだね。僕も見てみたいや。」
「それだけは俺が許さない、あいつらを外の有害なものに触れさせるわけにはいかない。」
「おじさんいいところの人っぽいのに性格ねじ曲がってるって言われない?目の前の相手に向かって有害とか言える人そうそう居ないと思うよ!?」

僕こういうの向いてないんだけど、これは突っ込まざるを得なかった。やっぱりこの人普通じゃないや。すると入口から誰かが入ってくる。多分これの主催者だろう。彼は僕の姿を確認するとこちらに向かってこようとしたが、そのあと隣のおじさんを見るとぎょっとして僕なんか見向きもせずにおじさんのほうへと向かって行く。

「まだここにいらっしゃったんですか!?お屋敷にお戻りください、ここはもう冷えますから!」
「む、そうかわかった。寒いのは嫌いだから帰るとしよう。おい、餓鬼。」
「ん、どうしたのおじさん。」

男は僕がおじさんを「おじさん」と呼んだことに関して震えあがるほど恐ろしかったようだ。このおじさん、いったい何者なんだろうか。男の後をついていくようなことはせず、おじさんはふらりと自分の行くまま歩いていく。

「餓鬼よ、精々俺の知らんところで生きるといい。俺はお前が苦手なようだ。」
「それ、こっちのせりふだよおじさん。元気でね。」

おじさんは僕に振り返らず出口に向かっいく。男はおじさんを追いかけて、僕は会場に一人になると仮面をぱかりと外す。不思議な人だったけれどきっと僕とおじさんは本来交わるところにいないのかもしれない。何かが狂わない限り、予定調和が乱れない限りもう会わないのだろう。

「さーて、もう僕も帰ろうかなぁ、警察に来られたらさすがに僕も困っちゃうし。」

仮面はかしゃん、と床に落ちた。



     

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