ひまわりの夏


梅雨が終わった。といっても、大分前に。
今年もまた、夏が来る。
道の其処此処で、向日葵が、我が物顔を曝している。
きっと彼らだって熱いに違いないのに。
こんな高温の熱が、果たして本当に栄養になっているのだろうか。
痛そう、と人間の僕は思う。
痛みに自ら身を擲つとは。
人間の僕には理解し難いね、


…なんて。実はそんな人間を、僕はひとり知っている。
忘れようとしても忘れられない、忘れようとも思わない。

僕は彼だった。


全く向かい合っていたつもりなのに、蓋を開けて見れば、目蓋を開けて見れば、
僕は彼の眼玉で僕を観ていた。
僕は彼だった。
彼はどうだったろう。
今ではもう、確かめようがない。


僕はもう一度、向日葵を見た。
あいも変わらず熱苦しく、
アイも変わらず痛々しかった。

愛も変わらず忘れられそうになかった。



「朱織。あの人が好きなのか?」
「好きだよ」
「どのくらい好きなんだ?」
「……×したいと、思ったことがあるくらい」


泣く。泣いている。こんなとき居て欲しいのは貴方じゃない。
なのに今、貴方しか居ない。

薄暗い部屋。
濁った瞳。
震える手。
淀んだ空気

「この時を待っていた。ずっと。ずっと。ずっと、前から」
「お前が俺の視界に現れてから」
「こんなグロテスクな気持ち、俺は知らない」
「お前にしか抱かない」
「お前にしか求めない」
「だからお前も応えてくれ」
「俺に与えてくれ」
「俺はお前が、」

なんて。なんて我儘な。なんて傲慢な。なんて強欲な。なんて幼稚な。なんて怠惰な。ソレを求めるのにはなんて、おざなりな。

「きっとおじさんは子供なんだ、ソレの求め方を知らない」
「僕は貴方にソレを与えられない、貴方が求めているソレと僕が与えられるソレは違うものだから」
「貴方にソレを与えるべきは違う人間の筈なんだ」
「僕なんかじゃなく」
「それに僕は貴方が求めるソレと同じソレを貴方に求める気もない」

「だから、僕は貴方を×したくない」
「でもねおじさん、」だよ。
×したくないと言ったら、おじさんはどうしようもなく泣いてしまって、
僕も泣いた。
×したくないというのが本心だったのか、涙と鼻水で分からなくなった。
解らなくなっていいと思った。

だってその後に僕はおじさんを、×したから。
言葉で否定しながらもその手を拒否することは出来なかった。


みおくんには心配をかけた。謝らなくっちゃ。
彼ならきっと、整った顔で見下しながら、赦してくれるだろう。
じぃぃわじぃぃわ、アブラゼミ。
みんぃんみんぃんみんぃん、ミンミンゼミ。
ぽたりと落ちた僕の汗を、アスファルトが吸い取った。


あまりの熱気に、タイを緩める。
着いたらまた締めればいいだろう。
利き手が軋んだ。
はあ、と熱い息を吐き出し、肺の温度を下げたつもりになったところで、僕はまた一歩踏み出した。


呼ばれて部屋に入ったら、彼は用意周到に、あんな物やこんな物まで選り取り見取り、取り揃えて、僕を待っていた。
「今度はなんの茶番?」
僕が肩を竦めると、彼は目を眇めて応える。筈だった。
「お前だけに頼みたいことがある」

いつもと違う対応は、不安を生み出す。ああ、聞きたくないな。という、直感。
「俺を、×してくれ」
彼は地べたに手を付いて、僕を見上げていた。
僕は地面に立って、彼を見下ろしていた。
僕は彼を好ましく思っていた、確かに。

それは一般的な好意では決してないけれど、意識をしているという点では合っているし、僕等の関係を悪くないと思っていた。
つまり僕は、彼を失うのは多少嫌だったのだ。確かに。
それに、そういった諸々を考慮しても、おじさんを×すのは無理があった。

おじさんは、僕が×したいと思う対象から、完全に外れていたから。だから、
「俺を、×してくれ」
というおじさんの懇願は、無意味に終わる、筈だった。

でも、僕は気付いてしまった。
僕がおじさんにソレを向けた瞬間。

おじさんの顔。おじさんの瞳。おじさんの口元。

全てが生き生きとしていて、ああ、おじさんがおじさんであるためには、こうするしかないのかもしれない。
そう思った。
一瞬僕は自惚れた。おじさんを×せるのが僕だけだと。

それは確かにそうだったのだが、それは一瞬でも、たとえ一瞬でも、酔ってはいけない感覚だった。
僕がおじさんにソレを爆発させた時、おじさんは咲っていたし、僕は嗤っていた。
終わってからも暫く、これでよかったのかと心がざらりとした。


おじさんは確かに幸せらしく、咲えるようになった。
けれど。


これは、僕が引くべき引鉄だったのか?



わざわざ見なくても、向日葵が視界に入る。
まるで彼が追いかけてきているようだ。
そんな筈はないけれど。
そろそろ到着しそうだ。

僕はタイを締め直した。

別れ際の、みおくんの質問を思い出す。

「どうして、他の奴らの時はそうしなかったのに、今回は特例なんだ?」

自然、口元が緩んだ。それはね、僕は彼だったから。そのことに、気付いたから。僕は僕に、責任を持たなくちゃ。ね。また熱い息を吐き出して、顔を上げる。初めて入る、仰々しい建物。
僕はこれから、×されに行く。






【ひまわりの夏】終。

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×に入る言葉は2種+α
代替可
ソレに入る言葉は2種
一部代替可
それぞれ漢字1文字平仮名2文字

言いかけの後に入る言葉は大体同じ





 

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